第13話 Lv.1の妹、現る
エリィとの配信デビューを終えた夜、壱郎は自分の家へと戻っていた。
気になる反響は好調……どころの話じゃない。最終的には同接1.5万まで到達したし、誘ったエリィでさえ動揺していたくらいだ。
ネットでどこまで話題になるのかと気になるところではあるが……それはそれ。平日になってしまえば仕事がやってくる。
かくして後のことはエリィに任せ、壱郎は一旦帰宅することにしたのだ。
木造建築のボロアパートのドアを開ける。この前のエリィの広い部屋とは違い、6帖のワンルームが彼の現実を出迎えてくれているかのようだ。
一人暮らしの壱郎だが、この挨拶だけは決して忘れない。
「……ただいま」
「はい、おかえりー」
「――っ!!?」
声がした。
誰もいないはずの部屋から、若い女性の声が聞こえたのだ。
思わず心臓が飛び出しそうになり、慌てて部屋の電気を点ける。
「やーっと帰ってきた。お疲れ様だね、お兄」
「……あれ、なんでいんの?」
相手が不審者じゃないとわかったことに安心はしたが、それとは裏腹に黙って家に侵入しているという事実に恐怖した。
「なに、久々の挨拶がそれ? もっと感動的場面だよ、なんならハグしていいんだよ」
「いや、無言無灯で部屋に入られてるのは怖いって。大体なんで鍵はどうやって……あぁ、父さんたちに預けてたもんな」
【山田百合葉 Lv.39】
青いラインが入ったダボダボの紺色フード付きジャージ、履いてるのかどうか怪しいホットパンツ。フードを被る黒髪のショートヘアーの少女がじっと壱郎の顔を見つめていた。
山田
「はぁあ~、お兄待ってるのだるかったぁ~……よいしょっと」
「よいしょじゃないんだよ、自然な流れで人のベッドに入るんじゃないよ」
ダウナー気味に百合葉がつぶやき、ベッドへ倒れ込む。いくら妹とはいえ年頃の女の子。こういうはしたない真似はやめてほしいものだ――と兄らしく妹の将来が心配になる壱郎である。
「てかお兄、私が来るんだから冷蔵庫の中に食べ物置いといてよー。何もないってのはどういうことさ」
「いや、ゲリラで来られても用意できねえよ。モノがないっていうのは……その、たまたま切らしてるだけだから」
――最後に冷蔵庫使ったの、いつだか覚えてないけど。
「ふーん……いつもは入れてると?」
「そ、そうそう。今日はたまたま無くなっちゃった日、お前のタイミングが悪いだけだ」
「コンセント、抜いてあったのに?」
「……節電中」
「冷蔵庫にそれ意味ないこと、知らないの?」
――知ってる。
もちろん壱郎がスライムで主食生活を送っていることは家族にも内緒だ。およそ人間と呼べるような最低水準を下回ってるだなんて、恐ろしくて口に出せないからである。
「で、今日はどうした? 4月の分を早めてほしいとか?」
「……そんなんじゃない。私をあの人たちと一緒にしないんだけど」
「あぁ、ごめんて。あくまで可能性の話だよ」
途端に百合葉の機嫌が悪くなったのを察し、壱郎は苦笑して手をひらひらさせる。
「じゃあ、なんでここにいるんだ? 明日学校だから、ライブとかじゃないだろ?」
「んにゃ。今日はどこ行ってたの?」
「………………えーっと。いつも通り、ダンジョンだけど」
答えるのに少し間が空いた。
彼女が突然訪れてきた目的はまだわからないが、なんとなくその質問を素直に答えてはいけない気がしたからだ。
なんてったって、今日は初めてエリィの配信に出た日。
そして色々やらかしてしまった日でもあるのだから。
そんな夜に突然妹が押しかけてくる。これを偶然だと片づけていいんだろうか。
「どこまで行ってたの?」
「ふじみ野ダンジョン。ほら、初心者向けの」
これは事実。
「そうなんだ。一人で?」
「……もちろん。俺に友達がいないことくらい、知ってるだろ?」
これは嘘。
「お兄がふじみ野だなんて珍しいね。いつもは南浦和じゃん、推奨Lv.60くらいの」
「ちょっとした気分転換だよ。いつも同じ場所じゃ飽きてきちゃうし」
これも嘘。
「ふーん……」
百合葉はベッドから立ち上がると、じろりと壱郎を睨みつけ。
「てぃっ」
「痛っ」
――くはないけど。
彼の額に軽いチョップを食らわせた。
「嘘つき」
と百合葉がポケットからスマホを取り出す。
「お兄のことだから、まだ知らないと思ったよ」
「?」
「これ」
首を捻る壱郎の目に飛び込んできたのは……。
『待って、人間業じゃないwww』
なんてメッセージと共に添付されている動画。
どうやら配信の切り抜きのようだ。
というか、とても見覚えのある男がアップで映されていた。
「トレンド絶賛1位。同接1.5万、個人冒険配信者エリィのアカウント大バズリ中……やっちゃったね、こりゃ」
「あー……」
どうやら誤魔化しきれないらしい。
コメントが盛り上がってたのは知ってたが、ここまで影響が及んでいるとは思ってもなかった。
「それに私が気づかないとでも? 多分バズんなくても、ある程度の配信者は追ってるし、もちろんエリィのことだって知ってる。お兄が出た時点で、明日までに見つけられる自信が私にはあるよ」
「どんな自信だよ」
そして百合葉が重度の冒険配信者オタクだということを忘れていた。
そもそも配信者がダンジョンを攻略しているという情報も、彼女から経由して得た情報である。そうでなかったら、『
「海外勢からもウケがいいみたいだね。『彼こそ真のジャパニーズ・ヒーローだ』なんてコメントが多い感じ」
「そこはジャパニーズSAMURAIじゃないんだ……」
「だって侍感ないじゃん」
――それはそう。
剣を使わず拳のみで勝負するその姿は誰がどう見てもスーパーヒーローそのもの。むしろSAMURAIを目指してる人が多すぎて、少し目立った程度では埋もれそう感がある。
「そこを拳のみというシンプルかつ誰もやってない戦闘スタイルで攻め込むのは流石だね、お兄。競争率の少ない所で勝負に出るのはなかなか戦略的だよ」
「いや、別に狙ったわけじゃないんだが……」
「じゃ、なんでエリィさんと組んだの? しかも土日限定のレギュラー枠で」
「それは……」
――それは……どうしてだろう。
考えてみれば、壱郎個人でチャンネルを立ち上げることだってできたはず。
なにもエリィと組む必要性などないのだ。
それなのに、壱郎は彼女と組むことを決めた。
金のため? 話題作りのため? それとも……。
「……ま、理由なんてなんだっていいや」
黙り込んでしまった壱郎を見つめること数秒、百合葉は部屋に放っていたバッグを背負う。
「お兄がやりたいことを見つけたのなら、それでいいんだ私は」
「……え、帰るの? 今日来た理由、それだけ?」
「うん、それだけ。んじゃまた、無茶はしないでね~」
「あ、駅まで送るよ」
「いや、いらんし。高校生舐めんな」
「いやいや、未成年がなに言って……あぁ、行っちゃった」
言いたいことだけ言った百合葉はさっさと玄関から出て行ってしまい、壱郎はその背中をただ見ていることしかできなかった。
「どうして……か」
しんと静まり返ったワンルームの中で、百合葉の言葉を反芻する。
壱郎の身に吹き抜ける新たな風。彼は今、人生の岐路立っているような気分だった。
今後のことを考えるべきなのはわかってるが……それよりも――。
「……これ、大丈夫かなぁ?」
未だに切り抜き投稿が伸び続けている現状を見て、壱郎がふと思い返すのは……エリィの顔。
今頃慌てふためいているのではないかと少し心配になってきたのであった。
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