第8話 Lv.1のお披露目とやらかし
「じゃあ! 今日も未開拓のエリア目指して頑張ろう!」
エリィは一言入れると、スマホからマップを表示させた。
「前回は3階層で横道を発見したからね。目的地はそこに、っと」
「……それ、自分で描いたマップなの?」
と横から覗き込んでくる壱郎に、彼女はふふんと鼻をならす。
「そうだよー、私が実際に歩いて作った地図だよー。すごいでしょー?」
「……うん、すごいな」
ほとんどのダンジョンの構造は既にネットを漁れば出てくるものだが、それはほんの一部に過ぎない。ただ最深部だけの最短距離を記しているだけであり、その他の道は意外と書かれてなかったりする。
これだと迷ってしまう冒険者も多いのではないかと思うが……そこは自己責任の範疇。冒険者とは常に命がけなのだ。
:近い
:近い
:離れろ
:お前が見たいんじゃねぇんだよおっさん
:燃やすぞ
「……やっぱ炎上してない? コメント欄、俺に厳しくない?」
さっとエリィから離れた壱郎が呟くと、エリィはチッチッと指を振った。
「大丈夫だって、こんなのコメントあるあるだから。むしろテンプレだね」
「そうかなぁ……本当にそうかなぁ……?」
「ほーら、行くよ壱郎くんっ!」
やや不安げに感じながらも、壱郎はエリィに引っ張られダンジョンを進んでいく。
「ふじみ野ダンジョンは推奨Lv.35の初心者向けだからねー。腕試しにはうってつけなんだよ」
:新卒で実力を試してみたくなる場所
:高校の時、よく親父に連れてこられたわ
:第3階層のオーガからフルボッコにされたことあったな、今じゃいい思い出
彼女の言葉と同時に、同じく挑んだことがあるらしいリスナーたちからコメントが書き込まれていく。
:関東圏のダンジョンは行ったことないな
:なんだかんだで都内のダンジョンでええかってなる
:埼玉県は秩父ダンジョン以外、そこまで有名じゃないよね。俺はエリィの配信で初めて知ったし
一方で距離の都合やわざわざふじみ野市に行くつもりのないリスナーたちも多数いるようで、壱郎は眺めてるだけで少し面白く感じてしまう。
「壱郎くんは来たことある? ここ」
「え? あぁー……仕事の関係なら第2階層まで。趣味なら第4階層まで行ったことはあるけど」
「おぉー、最下層じゃん!」
なんてエリィは褒めてくれるが、ここは推奨Lv.35のダンジョン。他の冒険者からすればそこまで大したことない。
「他には――むっ」
「……おっ?」
と、楽しい会話はここまで。
何故なら――目の前で蠢く影複数を発見したからだ。
全身緑色の肌をしている、小人のような存在が計7体――ゴブリンの集団である。
剣、斧、ピッケル等々……それぞれが武器を手に持ちながらゆっくりとエリィたちに近づいてくる。
ゴブリンは単体だとEランクモンスターだが、集団を相手にするとなるとDランクまで引き上げられる。これは集団行動を得意とするゴブリンだからこそ警戒されるからであり、冒険職の授業でも口酸っぱく教えられてる情報だ。
だが、こんな相手に慌てるエリィではない。
「さて……壱郎くん。みんなに実力をお披露目の瞬間だよっ」
待ってましたとばかりにエリィが背中の大剣を引き抜く。この前の戦いで真っ二つに折れてしまったので、今はスペアで代用中だ。
「えっ、あ、うん」
対する壱郎は構えない。ぼーっとゴブリンを眺めているだけだ。
――お披露目の瞬間……ってことは、つまり倒せばいいんだよな?
彼女の言葉を心の中で反芻し。
「――ほいっ」
一陣の風が吹いた。
「…………………………はい?」
エリィは何が起こったのかわからなかった。
一瞬、壱郎の腕がブレたかと思いきや――数メートル先にいたゴブリンの頭が全て吹き飛んでいたのだから。
:エリィの戦闘の時間だ!
:Lv.1で勝てるの?
:てか武器は?
というコメントが流れ、数秒後。
:え
:は?
:!?!?!?
:え、ちょ、えぇ?
:???
遅れて困惑の反応で埋め尽くされていく。どうやらリスナーに至っては、倒した瞬間に反応すらできてなかったらしい。
「うーん……あの、エリィさん」
「へっ、あ、ど、どしたっ?」
壱郎が少し申し訳なさそうに声をかけると、呆気にとられていたエリィが我に返る。
「せっかくお披露目なんだけど……ごめん、やっぱここだと大した相手はいないから、ご期待には添えなさそうだ。一気に第3階層まで降りようか」
「……へっ」
そう言うと否や、壱郎はスタスタと先陣を切っていく。
「あぁっ!? ちょ、そんなに急がなくても――!」
慌ててエリィが制止しようとすると――岩陰に隠れていたゴブリンの残党がいきなり岩壁に向かって吹き飛んでいった。
「…………」
:え、なに今の
:速すぎて見えないんだが
:あいつ何かしたの?
:いや、わからん
:うん……うん??
ただ普通に街中を歩くように。
特に危機感を感じてない壱郎の背中を、エリィとリスナーたちはただただ茫然と見つめることしかできなかった。
***
その後も壱郎の無双劇は続いた。
彼が歩く度に何処かでモンスターたちの絶叫が響く。岩陰からいきなり吹き飛び、真正面から天井に叩きつけられ、いつの間にかモンスターの頭が転がってくる。
何が起こっているのか、さっぱりわからない。カメラでは追えない速度だろうし、なんならすぐ隣にいるエリィでさえ壱郎の手がいつ動いたのか見えてなかった。
「――よし、目的地到着。ここら辺だったよな?」
「…………」
「……? エリィさん?」
「えっ!? あ、うんっ、ここら辺かなっ」
今までダンジョン配信をしてきたエリィだが、ここまで楽だったことはない。
とりあえず歩いてるだけ――ただそれだけで周囲のモンスターはみな倒れていき、休憩する必要もなく攻略が進んでいく。
――あれ……思ってたより壱郎くんってヤバい人?
考えてみればSランクモンスターをワンパンするような男。そんな輩がまともなわけがないのだ。
『Lv.1で強い=期待の配信者』なんて単純な方程式しか考えてなかったエリィだが、その考えの甘さが嫌でも認識させられている。
だが……そんな彼でも、ここからはそうもいかないはずだ。
「ん……出たな」
何故なら――彼の前に現れたのは筋骨隆々で2.5m以上の背丈はある緑鬼、オーガ。ランクCの推奨Lv.30。
手には巨大な金棒を持ち、ギロリと侵入者である壱郎たちを睨みつける。
「エリィさん、ここは連携で倒してみないか?」
「……っ! おっけおっけ、やろっか!」
流石の壱郎も今までのように楽勝ではないらしい。ようやく自分の出番が回ってきたことに、エリィの気合いが入っていく。
「まずは俺がオーガの金棒を吹き飛ばす。その隙にエリィさんが大剣で胴体を攻撃してほしい。タイミングはワン・ツーのリズムで」
「えっと……大丈夫? いや、信頼してないとかじゃなくて、あの金棒を吹き飛ばすって……」
「あぁ、大丈夫だよ。オーガなら俺も何度か相手してるからな」
「それなら大丈夫、だね! 信頼してるよ!」
「おうよ」
軽く返事をしてみせた壱郎だが、ふと首をかしげる。
――ところで……オーガって、あんな緑色してたっけ? 俺が相手してたのは、もっと違う色だった気がするんだけど……。
なんて考えてる暇はなかった。
オーガが空気を振動させるように咆哮すると――一気に距離を詰めてきたのだから。
「来るよ!」
「――っ」
エリィの警告と共に壱郎は素早く肉薄。振り上げられる金棒に向かって拳を固める。
壱郎の攻撃タイミングを予測したエリィが大剣を構え、駆け出した。
――必要なのは、【伸縮】+【硬化】+【衝撃波】!
スライム化した右手にパワーが込められていく。
そして金棒が壱郎に振り下ろされ、タイミングを合わせて壱郎が拳を叩きつける。
「――ワンっ!」
ドパンッ!
「ツーがないよぅっ!?」
予想外の事態が起こり、慌ててストップをかけるエリィ。
何故なら――壱郎の拳が金棒に当たった瞬間、凄まじい音と共に金棒以外全てが爆散した。
爆散した。
全身が爆散したのだ!
残された金棒のみがくるくると回転しながら天井へ突き刺さる。
「……あれ?」
そして当の本人も何故かびっくりしていた。
「オーガってこんなに弱かったっけ……? もっと強かったような……?」
……それも当然。実は彼が普段相手してるのは緑のオーガではなく赤色のブラッドオーガ。Aランクモンスターという、今のとは比較にならないレベルの強さを誇っているのだ。
それをCランクモンスターだと勘違いしていれば――こうなるのも当然だろう。
:ヒエッ
:爆散www
:今すげえ音鳴ったぞwww
:ワン(パンッ!)
:連携とは
:ツーどこに行ったしw
:エリィ、ポカンとしちゃってるじゃん
:こっわ…超パワーこっわ…
今の戦闘にコメントも湧く。コントのような展開に笑っている者もいれば、あまりの強さに怯えてしまっている者さえいるではないか。
「…………」
「えーっと……」
気まずい空気が流れる中、壱郎が頭をかきながらエリィの元へ戻ってくる。
「そのー………………ナイスファイト?」
「煽ってんのかこの野郎!」
これには思わずエリィも声を荒げた。
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