第3話 Lv.1の人生録

「壱郎く~んっ。お前、大学進学しないんだって?」

「…………」


 山田壱郎の呪われた運命は小学生の頃から始まっていた。

 突如出現したダンジョン、個々に付与されたレベル。最初から年齢に見合ったレベルの数値が付与される中……壱郎は7歳の時点でLv.1だった。


 当初は未知の数値、他人との優劣なんて付けようがなかったのだが……10年経ってもレベルが上がらない中、周囲の同級生はLv.30以上だなんて当たり前。必然的に周囲から浮いた存在となっていった。


 だが、本当の悪夢は大学及び会社にレベル採用制度が導入されてからである。


 人の能力や成長度が数値化されているレベル化現象。世界中でも既に採用されていて、日本もこれを生かさない手はなかった。

 レベルが上がる基準は曖昧だが……肉体の成長度や元々の素質がレベルアップされている説が最も有力な為、レベル採用制度が導入されるのも遅くない未来であっただろう。


 ――壱郎という例外はいるというのに。


「どうして進学諦めちゃったのかなぁ? ……あっ、そっかぁ~。ずっとLv.1の壱郎くんじゃ、どこも受からないかぁ~」


 やけに大声で話す大男の同級生。

 明らかに嫌味な態度だが……誰も手助けしない。もし助けたらイジメられるのはわかっていたことだし、何よりLv.1のままの壱郎なんかに味方してくれる人なんて誰一人いなかったからだ。


 かくして壱郎は就職の道を選んだ……いや、選ぶしかなかったと言った方が正しいだろうか。

 幸いにもまだレベル採用制度を完全に導入してない会社は存在した。指定されたダンジョン内を見て回るという、将来性の高い会社だった。


 だが、この時点で疑うべきだったのだ。ダンジョンに入るという最もレベルが必要とされている会社に……Lv.1の壱郎が採用されるはずがないということを。


「――おい山田ぁ! トロトロしてんじゃねぇぞ!」

「は、はいっ!」


 待っていたのは更なる地獄だった。

 業務内容はダンジョン内の警備と周回。だが、実際壱郎が受けた仕打ちは他のメンバーによる雑用係だった。

 またの名を荷物持ち。他のメンバーの戦闘が終わった後にドロップアイテムの回収、落ちているゴミ拾い……これが彼の仕事内容である。


 入社したてだということにも関わらず、周囲の態度は悪辣。壱郎がLv.1であること、そしてこの会社以外に採用される心配がないことがわかった上で、誰もが壱郎に冷たくあしらっていた。


「底辺のLv.1でもここで働かせてやってんだからよぉ! 給料分の仕事くらいはしろや!」

「っ……はいっ!」


 何か言い返したいところだが、そんなことをすれば返り討ちにあうだけ。壱郎は黙って返事をするしかなかった。


 雇用にレベル制度は採用されてないが、給料には何故かレベル制度が採用されている。よってLv.1の壱郎は最低賃金でしか払われてない。

 手取り7万5千円。駅からそこそこ近いワンルームのボロアパートの家賃4万円。そこからガス光熱費・水道代・通信費を差し引かれ、更に交通費も出ないとなると、壱郎の手元に残るのはごく僅かな金額しかなかった。


 ――俺、なんのために生きてるんだろう……。


 サービス残業で一人残されている中、壱郎は何度も考えていた。

 彼がいるのはFランクモンスターしか出現しない、もっとも浅いフロア内。Lv.1の壱郎でも倒せるレベルのモンスターしか出現しない。

 大量のスライムが発生していて、本来なら全員がやらなくてはいけない仕事なのだが……皆、「用事があるから」と全て壱郎に押し付けて帰っていった。


「役立たずのお前でもよ。スライムくらい、一人で処理できるだろ」


 帰り際、上司からの吐き捨てるような台詞が蘇る。

 何も言い返せない悔しさとやるせない気持ちで、ナイフを握る手に力が入った。


 だが、仕事は仕事。真面目な壱郎は業務を放棄することができなかった。


 彼が持っているのは会社から支給された魔法剣。火魔法が付与されていて、魔法適性がない人でも扱えるという便利なアイテムだ。

 スライムは攻撃力は低いものの、物理攻撃は通りにくい傾向にある。レベル差の脳筋で倒せる周囲ならまだしも、壱郎にはそんなことしていると効率が悪い。

 よってスライムの弱点である火の魔法剣は、彼にとって大変重宝するものであった。


 彼が基本的に武器を使うのはFランクモンスターが出現した時のみ。特にスライムを担当しているので、刃こぼれが起きようとも全く問題ないのだが……定期的に砥石で剣を研いでいる。


 就職から一年経過し、19歳となったある日のこと。

 とうとう食べる金すらなくなってしまった壱郎は飲まず食わずの状態が続いていて、気が付けば足下がふらついていた。


 ――なにか……なんでもいいから、口に入れたいなぁ……。


 一人そんなことを考え、ふと目についたのは――動かなくなったスライムの死骸。


 基本的にモンスターをそのまま食べてしまうと体内が変異してしまい、自身さえもモンスターとなってしまう――というのは義務教育でも散々言われてきたこと。特殊な調理スキルを持っている料理人以外は大変危険な行為だ。


 だが……それと同時に思い返されるのは最近見たネット記事。


 それはFランク程度のモンスターなら大した害はないという――


「――っ」


 我慢の限界だった。

 気が付けば壱郎はスライムを手に取って、無性にしゃぶりついていた。


 スライムは99%以上が水分でできている。なんでも取り込むので栄養素も含まれているため、コンビニの『スライム水』は栄養価が高いと話題になったこともあった。


 薄い皮を歯で千切り、中の水分をすする。


「……うまい」


 久方ぶりの食事……いや、これを食事と呼んでいいのかどうかわからないが、水をがぶ飲みするよりは味がしていて、食感もあるので彼にとってはご馳走だった。

 例えるなら、スポーツゼリーのような食感。食べやすく、何個でもいけそうである。


 ここから彼のスライム食生活は始まった。


 スライムを食べて生き延びる。他の人に見られるとドン引きしてしまいそうな絵面なのは十分理解しているので、食する時は必ず誰もいないサビ残の時のみ。身体に力が漲っていくのを感じた壱郎は、持て余した時間で筋トレもしていた。


 そんな生活を始めて3年。22歳となった壱郎の身体に変化が起こっていた。


「……俺の身体、スライムになってね?」


 半袖から見える腕が青く光り輝いている。最初は気に留めなかったが、腕がスライムのように青透明になっているのであれば話は別だ。

 明らかに異常な症状。だが当の本人はなんの痛みもないので、病気かどうかすらわからなかった。


「……ま、いっか。死なないのなら病院行く必要ないでしょ」


 結果、壱郎は放置することにした。


 スライムを食べて、鍛える……そんなことを繰り返していくうちに、壱郎の身体能力はどんどんスライムに近いものへ変化していった。


 伸縮力、溶解液、保護色、状態変化、吸収、再生……どんどん人間離れしたスキルを身に付けていき、FランクどころかCランクモンスターなんて一撃で倒せるくらい強くなっていた。


「でも一向にレベルは上がんないんだよなー……」


 鏡を見つめ、自身の頭上に表記されている【山田壱郎 Lv.1】を確認してため息をつく。給料アップは望み薄のようだ。


「まあ身体が強くなっているのは確かだし……もっと鍛えれば、そのうちフリーランスの冒険者として働けるかも」


 この時から壱郎は気づいてない。彼の実力は、もう既にそこら辺の冒険者を圧倒する程に上回っていたことを。

 かくして壱郎は日々の鍛錬に加え、休日や空いてる時間には一人でダンジョンへ潜るという危険な趣味を持つこととなった。


 更に5年、28歳。


「よっ、ほっ、はっ!」


 軽やかに動く壱郎が拳と蹴りを繰り出す。

 それだけで近くにいたモンスターは全員吹き飛んでいく。


 ダンジョン内最奥。彼は強敵を複数相手にも瞬殺できる存在となっていた。


「うーん……なんか最近、モンスターが弱体化してない? 普通にワンパンできるんだが」


 彼は気づいてない。モンスターは弱体化するどころか、むしろ凶暴化していることを。

 そしてそれすら上回るくらい成長していることを――まだ気づいてないのだ。


 実際彼が今葬ったのはBランクモンスターから変異したAランクモンスターたちばかり。Lv.70推奨の複数相手を軽く瞬殺できていることを知らない……いや、これが例えBランクだとしても驚異的な実力だと言っていいのだが。


「っと、最近Sランクモンスターが出てくる危険性あるんだっけか。早めに切り上げとこ、怖いし」


 怖いのは一体どっちだろうか。


 自分の実力を把握してないせいもあり、危機管理の感覚だけは一般人とほぼ変わってなかった。


「さーて、今日の夜ご飯は……考えるのめんどいから、いつも通りスライムと変なキノコと変な木の実でいっか」


 山田壱郎28歳。一介のサラリーマン。

 彼はLv.1という底辺でありながら無敵の力を持っていることを、この時は誰も――本人さえも知らなかった。



 そんな壱郎の運命が動き出したのは、春の話である。

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