09 予定とちがう件
「私は信じていましたよお嬢様」
「……はあ」
場所は寄宿舎の部屋。
わたしはベッドに顔を埋める中、シャルロットが後ろで語りかけてくる。
「並々ならぬ才覚があると思っておりましたが、まさかアレほどとは。いやはや、やはり私のような凡人には想像もつかない高みにいらっしゃるのですね」
「……いらっしゃいません。わたしは魔術を使えないの」
「またまた御冗談を。魔力鑑定の水晶を壊すという離れ業をやり遂げていながら何を仰いますか。今頃、王国中にお嬢様の名が轟いていることでしょう」
とんでもないことを嬉々として語りだすのをやめてもらおうか。
「いや、困るから。悪名以外が轟くのは困るから」
「私は常々考えていました。お嬢様がどうして悪名を知らしめるのにご尽力されていたのか……ですが今ようやく分かりました」
「はい?」
分かるわけないよね。
完全予定外のことが起きているのに、シャルロットに分かるわけないよね。
わたしは悪名でヘイトを買って、主人公の咬ませ犬になる存在なんだよ。
「人は善行より悪行に敏感な悲しい生き物です。お嬢様はあえて汚名を被ることで先んじてその名を轟かせ、この日に真の実力を見せつけることで王国に宣言なさったのですね?」
「……なんの宣言よ」
「“
「黙れ」
妄想が止まらないシャルロットの口を塞いだ。
どうしてこの子は口を開けばこんな意味の分からないことしか発しないのだ。
わたしの悩みを肥大化させるその口には黙ってもらいたい。
「お、お嬢様の手が私に……!?」
「えっ、顔赤すぎっ!? ごめん、そんな苦しかった!?」
ふがふがしながら顔を紅潮させていくシャルロット。
なんか目も昇天してしまいそうで、すぐに手を放す。
やりすぎてしまったか。
「ああ……」
「なんで残念そうな顔してんの?」
「いえ……もっとなんて言いません、お嬢様の手を汚すわけには参りませんから」
もっと苦しくして欲しかったってこと……?
え、こわ……。
いや、深く追求するのはやめておこう。個人の趣味趣向に口を出すのはよろしくない。
話を戻そう。
「アレは何かの間違いよ」
「……間違い、ですか?」
起きてしまったことは仕方がない。
重要なのはこれからどうするかだ。
「そうよ、わたしが水晶を壊すほどの魔力を持っているわけないじゃない」
「天賦の才ですよね?」
信者が過ぎる。
いくらロゼに才能があると言っても、わたしの魔術は独学だし、あの時は本気も出していない。
さすがにそれで水晶が壊れるのは無理がある。
だから不備があるのは“水晶そのもの”にあったと考えるべきだ。
「アレはもう水晶が寿命を迎えていたのよ。その最後の瞬間にたまたまわたしが居合わせただけ」
「……はあ」
生返事するな。
「何百年も続く伝統なんでしょ? さすがにそれだけ長く続いたら壊れる瞬間がくるって」
「……うーん、そうですかねぇ」
なんで納得してくれないのかな。
「それしか説明がつかないわ」
ここは乙女ゲームの世界と言っても、本当にゲームというわけではない。
人は生きているし、物も朽ち果てる。
終わりの時は必ず来るのだ。
「だから、貴女の出番よ」
「なるほど、分かりました」
さすが従者。
わたしの考えをすぐに汲み取ってくれる。
幼少期からの積み重ねを、こういう時に強く感じる。
「皆にお嬢様の天賦の才による偉業だと言い伝えます」
「うん、絶対やめてね?」
幼少期からの積み重ねなんて何一つなかった。
昔からシャルロットはおかしな目線でわたしを見ていることを忘れていた。
「そうじゃなくて、わたしが不正を働いたことにすればいいのよ」
「……どういうことでしょう?」
「“Aクラスに配属されたいロゼは実力を誤魔化すために魔道具を使って水晶を破壊した”……そういうことにすればいいわ」
そうだ、それなら皆も納得する。
あの時の動揺の本質には“あの自堕落令嬢のロゼ・ヴァンリエッタにそんな事が可能なのか?”という疑問も含まれている。
恐らくわたしの実力を疑っている者がほとんどだろう。
それを従者であるシャルロットが吹聴すれば、まず間違いなく信じるはずだ。
「そんな見え透いた嘘は誰も信じませんよ? 皆、お嬢様の力にひれ伏していましたから」
「……貴女の信頼はとっても嬉しいけれど、たまに怖いわね」
わたしは常に彼女に等身大の姿を見せているつもりなんだけど、なぜか巨大に映っている気がしてならない。
主従関係というものは、こうも難しいものなのだろうか。
「とにかく、そうしなさい。これは主からの命よ」
「……謹んでぇ、お受け致しますぅ」
「うん、への字口やめてね? 大事なことお願いしてるからね?」
「お嬢様の命とは言え、未だに嘘を吹聴するのは気が進みません」
まあ……シャルロットはわたしを凄い人物だとなぜか疑わないからなぁ。
それと真逆の行為をするのは、心苦しくもなるだろう。
「ごめんなさいね、こんなことをお願いできるのは貴女だけなの」
かしずくシャルロットの頭を撫でる。
綺麗な黒髪は昔から変わらず、その艶やかな光を放ち続けている。
「はい、やります、何でもやります」
「……うん、お願いね」
この変わり身の早さは何だろう。
ちょっとだけ頭を撫でたらこれですか……。
わたしの力というより、シャルロットの気分が上下しやすい性格なだけとしか思えない。
「それでは早速お嬢様の神話を語り継いで行きますね」
「うん、話ちゃんと聞こうね? わたしの言ったこともう一回ちゃんと思い出してね?」
わたしの悪名はまだどうにでもなる。
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