第20話 展望台

 俺たちは洞穴跡から離れ、マイナールートを通って、分岐点まで戻った。

 そして、多くの人が使う山道を伝って、神社山の頂上をめざした。

 標高200メートルほどの低山なので、簡単に登れる。

 あっけないほどすぐに、展望台のある山頂に到着した。


 俺とあかりちゃんは並んで眼下を見渡した。

 視界をさえぎるものはなく、広々とした関東平野を眺めることができる。建物がびっしりと地を覆っている。

 今日は風が強いせいか空気が澄み渡っていて、遠いスカイツリーも見えた。

 

「景色いいねー。あの白い山、富士山かなー?」

 展望台からは関東平野の周辺の山脈も望める。

 山々の連なりの向こうにぽつんと頭を出しているのは、日本の最高峰。

「そうだね。スカイツリーも見えるよ」

「えっ、どこ?」

「あっち」

 俺は世界でいちばん高い塔を指さした。

 ここから見ると、関東平野から飛び出した1本のとげのようだ。

「どれ? わかんないよ」

「地平線を見て。細い塔が立っているでしょう?」

「あ、あれかな。本当に細いねー」

 コンクリートでつくられた展望台から、俺たちは青く霞む地平線を眺めた。

 あかりちゃんは手すりを握って身を乗り出した。


 展望台には俺たち以外にも、眺望を楽しんでいる人たちがいた。

 リュックサックを背負った若い女の人。

 望遠レンズをつけたカメラをのぞいている中年男性。

 手をつないでいる小さな男の子と女の子もいて、あかりちゃんはそのふたり連れを見て笑顔になった。


「あー、またふゆっちと仲よくなれて、嬉しいなあ」

「俺たち、仲悪くなってたのかな?」

 そう問いかけると、彼女は軽く首を振った。

「悪くはなってないよ。でも疎遠にはなったじゃない? 中学生くらいから」

「ああ、まあ……」

 確かにそのとおりで、小学生のときは親友みたいにつきあっていたのに、中学時代から俺たちは一緒に遊ばなくなった。

 空もあかりちゃんも、ぱったりと俺の家に来なくなった。

 別にけんかしたわけじゃない。

 あかりちゃんが言ったとおり、仲が悪くなったわけではないのだ。


 縁が遠くなったのは、単に俺たちが思春期に入ったからだと思う。

 男と女であることを妙に意識するようになって、自然に離れてしまった。


 彼女は俺たちの街を見下ろしながら語った。

「ふゆっちのこと嫌いじゃないのに、なんでこうなっちゃったかなあって思ってた。でもまあ、もう小さな子どもじゃないんだから、こんなもんだよなあってわかってもいた。また昔みたいに戻りたいって、ずっと願ってもいた。だから、おばさんからふゆっちの世話を頼まれたのは、渡りに船だったの。最初に思い浮かんだのは、またふゆっちと遊べるってことだった」


 関東平野のはじっこの街を見下ろしながら、俺も言った。

「またあかりちゃんや空と話せるようになって、よかったよ。それについては、タイに行った両親に感謝しなきゃいけないね。こんなきっかけでもないと、ずっと関わり合いが薄いままで、いつの間にかすっかり縁がなくなっちゃったかもしれないしね」 

「そんなの嫌」

「そうじゃなくて、よかったね」

「うん。でも浅香の方も同じなりゆきになってて、ちょっと驚いた」


 あかりちゃんは遠くの方に視線を移した。

 太陽が山の端に近づいて、空が赤く焼けていた。

「浅香……」とあかりちゃんはつぶやいて、微かに舌打ちした。

 今日家を出たとき、強風が吹いていた。風はまだ強い。 


 俺たちは下山し、帰りにスーパーに寄った。

「昼はソース料理をつくったから、夜はケチャップ料理をつくるよー」と言って、あかりちゃんは乾燥パスタとウインナー、タマネギ、ピーマンを買った。

「なにをつくるの?」

「うふふっ、楽しみにしてて」

 ケチャップとパスタを使う料理と言えばあれだろうな、と予想した。


 思ったとおり、食卓に出てきたのはナポリタンだった。

 たっぷりとケチャップが絡まったスパゲティに粉チーズを振って食べた。

 あかりちゃんは砂糖をかけて食べていた。

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