ホナミさん


 ホナミは有名無名、多種多様さまざまな人物にインタビューし、それを記事にまとめるのが仕事のライターである。

 相手が有名人なら公表されている情報はできる限り把握し、過去のインタビュー記事が見つかればしっかりと読む。しかし、ばかりを前面に出すことはない。

 インタビュイーにしても、何度も同じことをこすられるのはうんざりだろうし、記事として書き起こしたときも新味がなくなる。だから、できるだけ独自の情報や最新ネタを引き出すように努めている。

(もっともこれは、大抵のインタビュアーやライターが同じスタンスでいるとは思うが…)


 話し手が無名の市井しせいの人でも、どこかの大学の学生だったり、企業の採用促進の記事にするための社員インタビューだったりだから、バックボーンである学校や企業については当然下調べする。

 対象の人物がSNSや求人系のサイトに個人情報をある程度出していても、「〇〇見ましたよ」などと(ストーカーじみたことを)直接言うことは、もちろんない。が、そこに書かれていることをヒントに、いい感じの回答を引き出すのは上手の方といっていいだろう。


 全てホナミ自身が「自分ならこう聞かれたい」「こういう扱いをされた方が心地よい」という感覚に基づいたものなので、実は念入りに計算された話術ではなく、「まあ、それが自然かな」と相手が納得してしまうような運び方をさりげなくしてしまうのだった。

 といっても、話している途中で「この人はもっとぐいぐい来てほしいのでは」とか「これ以上踏み込むのは得策ではない」と、そのつど空気を読んで調整することも多い。


 涼し気な容姿や物腰柔らかな態度も手伝って、インタビュイーの多くが、仕事を忘れ、「もっとこの人と話してみたい」と逆に思ってしまう。

 結果、黒歴史に属するような若い頃のエピソード、驚くような本音など、ついついぽろっと話してしまうことも珍しくなかった。


 初対面の場合もあるし、雑誌のシリーズ企画のためのヒアリングの場合、2度、3度と短いスパンで顔を合わせることもあるが、どちらにしても評判は上々である。


 気さくな性質の者は、「これから飲みにいかない?」などと誘うことすらある。


 ホナミはそれをもちろんやんわり断りはするが、軽い乗りで誘うだけなので、「ちぇ、だめか。じゃ、また次ね」で諦めてくれるので助かっていた。


***


 誰に対しても言葉遣いは丁寧で、背格好、顔立ち、声質と、ホナミはどこをとっても中性的で涼し気である。

 「透明感のある魅力」という、よく考えると意味の分からないことがあるが、例えばホナミのような人物に使うのかもしれない。


 そんな感じなので、性自認ならぬ性他認とでもいおうか、ホナミの性別については、実は人によって認識が違っていた。

 初対面から男性(女性)と思い込んで、その前提で話す者もいれば、「あれ、ひょっとして…?」と途中でスイッチする者もいる。


 しかし、意外といえば意外、当然といえば当然だが、ホナミに対して「あなたは男か女か」とあえて確認する人物はいない。

 このご時世、LGBTQの概念も一般的になり、「なんだろう?」と疑問を持ったとしても、それを尋ねるのは失礼――というか、疑いを持つことさえ失礼なのではと考える人が増えた。

 ホナミはホナミで、あくまで「自分は一介いっかいの聞き手である」というスタンスを崩さないので、性別がどちらであっても大きな影響はないのも実際のところだった。


「結婚は?奥さん(旦那さん)ってどんな人?」とか、恋人がどうのとか、話の流れで個人的な質問をされたときは、うまくそらすか、当たり障りなく返事をするかという程度なので、いよいよもって性別が読みにくくなる。


 そして何より、ホナミと実際に対面した人物は、謎は多いが不審な感じのしない「さわやかなホナミさん」として、その場は気持ちよく別れるし、その後ホナミのことを全く忘れてしまうわけでもないのだが、それ以上意識することはない。

 ふと「あれ、自分はしゃべっちゃまずいことをしゃべったのでは…」と思い出すことがあったとしても、どこかにリークされる心配をすることもなかった。


 たとえて言うなら、「夢で見知らぬ誰かに会って、気持ちよく話をした」という感覚に近い。


 大半はスムーズにしゃべれて大満足のインタビューという感じでお開きになるだけだが、スキャンダルになりかねない恋愛の惚気のろけもあれば、ひとりで抱えるのが辛い悩みを涙ながらに訴える者もいる。

 ホナミはそんなモードに入ったのを察知すると、「では、ここからは文字通りのオフレコですね」と言って、録音をインタビュイーの目の前でオフにして見せる。


 ネットやSNSの発達で、一般人がかんたんに有名人になり、ちょっとした不用意な発言がバッシングを受け、燃やし尽くされるこのご時世である。

 正真正銘の有名人ならなおのこと、発言に慎重になるのは当然だが、どれだけ慎重でいたとしても、すきを突くようにたたかれることもしばしばだ。


 批判もお節介も言われずに、誰かにただ話すという状況に飢えていた者の前に「ホナミさん」という救世主が現れた、といったところなのかもしれない。

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