07

「暑いな、俺は汗臭くないか?」

「うん、全く問題ないよ」

「それならいいけど……この状態でも茜音は距離を詰めてくるから困るんだよな」

「はは、惚気かな?」

「いや普通は制汗スプレーとかを使っていたとしても女子の方が気にするところじゃないか? なのにさ」


 とはいえ、家でもそんな感じだからなあ。

 筋トレ的なことをしているからなのか汗だくなときがある、それでも気にせずに近づいてくるからもうそういう生き物だと片付けるしかない。


「あ、それと今度茜音と出かけてくるわ、なんかいきたいところがあるんだってさ」

「ちゃんと水分を摂ってね」


 言わなくてもいいのに言われることを考えると親の再婚によって家族になったことが微妙に思える。


「そうだな、一緒に出掛けているときに体調を悪くさせてしまったら俺の責任だからな、それに友達には元気でいてもらいたい――ということで堀もちゃんと水分を摂れ、俺らよりも意識して摂取していなさそうで心配なんだよ」

「あー確かに気が付いたら数時間が経過しているとか当たり前だよね」

「アホか、夏にそんなことをしていたらマジで倒れるぞ」


 夏は日陰にいるし明らかに駄目そうならそんなに同じ場所にいられないから問題はない、だけど可愛くない存在にはなりたくないから気を付けるよと返しておいた。

 それに夏は自然と川を見ている時間が多くなるからそういう点でも悪くなりようがないのだ。


「よいしょっと」


 歩いている人も走っている人も僕みたいにしてみてほしいと思う。

 別に音楽を聴きながらでも友達とお喋りをしながらでもいいからこういう場所を好きになってもらいたい。

 一人でも視線が気になったりはしないけど少し残念な気持ちになるときもあるものだ。

 プール施設も近くになければ海までもある程度は距離がある、なのにここは近くでそのうえで無料だ。

 まあ、泳ぎたい人には川は危険だから向かないけど。


「うーん」


 結局二時間ぐらい過ごしても仲間が増えることはなかった。

 できる方がすると決めているから諦めて帰ってご飯でも作ることにする。


「お、翔君と同じタイミングだ、おかえりー」

「母さんこそおかえり、いまから作ろうと思っていたんだけどどうしたらいい?」

「それなら翔君にお任せしようかな、私は洗濯物でも取り込んで畳んでおくよ」

「わかった」


 うん、やっぱり茜音ちゃんとよりも母との方が仲良くできている気がする。

 だけど仕方がないか、ある程度やることが決まっている母よりも部活や友達と仲を深めたりお菓子を食べたい茜音ちゃんでは違うか。


「茜音ちゃんとはどう?」

「茜音ちゃんはいま友達と仲良くしているね」

「なるほど、それで翔君は捗ってしまっているんだね」

「はは、そういうことになるね」


 父単体のときとは違って任せきりにするわけにもいかないから約束でもなければ意識して二時間ぐらいで帰ってきているから変わってはいる。


「あ、だけど翔君のことを気にしてくれている女の子がいるんでしょ?」

「その子も平日土曜日と部活があるからね、僕の友達は運動大好き少年少女ということになるかな」

「そのうえで違う学校だもんね、私だったら物足りなく感じちゃうかも」

「実際にそういうのはあるよ、だから母さんが相手をしてくれるだけでありがたいよ」


 調理をしているときにでも誰かがいてくれると全く違う。

 まあ、お喋りに集中していないで作る方に集中しろよと指摘されてしまうかもしれないけどね。


「お、はは、翔君は嬉しいことを言ってくれるね」

「母さん達がすごいだけだよ」

「それなら茜音ちゃんだね、だって私は自分の気持ちに正直になっただけだから。だけど茜音ちゃんは大人の都合に振り回されたことになるからね、それなのに明るくいままで通りでいてくれているからすごいよ」

「はは、母さんが知らない茜音ちゃんがいるかもね」

「危ないことや駄目なことをしているわけじゃないならいいよ」


 できた、これで後は帰ってくるのを待つだけか。

 父のことを待とうとしても本人が嫌がるから茜音ちゃんを待つだけでいい。


「ただいま……もう暑いしお腹が減って力が出ないよ」

「「おかえり」」

「お、おお」

「「どうしたの?」」


 別に今日だけ凄く豪勢なご飯を作ったとかでもないから大袈裟だった。

 僕と母が揃っていることも普通のことだからなにに対して驚いているのかがわからない。

 この時間に家にいるからとかなら僕の日頃のそれが影響しているだけだからなにも言えなくなるけども。


「いや、なんかお父さんよりも翔君がお父さんに見えたんだよ」

「それを直接言わないであげてね。よし、茜音ちゃんも帰ってきたことだからご飯を食べよう」

「食べる!」


 最近始めたとかではないからそれなりの味で終わるのは一瞬だった。

 だけど作った僕だけではなく彼女にとっても同じなのが悪いことではなかった。




「お待たせ……って、寝てる」


 トイレを借りてすぐに戻ってきたのに疲れていたのだろうか。


「市毛さん起きて」

「……お父さん?」

「堀だよ」


 そんなに立派な存在でもない、お金も稼げていない。

 あとどれだけ時間が経とうと僕が父親になることはない気がする。

 でも、働いてお金を稼ぎつつ自由に生きるのもいいから悲観はしていない。


「ふぁ……すみません、最近は暑くてあんまり寝られていなくてですね……」

「それだったら戻ろうよ」

「それなら今日は私の家でお願いします」

「わかったからいこう」


 なんでそんな状態なのに誘ってきたのか、なんてのは茜音ちゃんに女心がわかっていないと言われている僕でもわかる、日曜ぐらいしか落ち着いていられないからだ。

 それでも遊んでいる最中に寝てしまわれると色々な意味で不安になるから無理に外に出ようとするのはやめてほしいかな、必死に合わせようとすることも同じだ。


「部屋、は不味いからリビングでいいか、ソファにでもいいから寝転んで休んでよ」

「足を貸してもらいたいです、そうでもしないといつの間にかいなくなっていそうなので」

「いいよ」


 この前、大室君もやってもらう側ではなくやる側になっていたからそんなに違和感もなかった。

 女の子にだって甘えたくなるときがあって逃げられたくないときもあるということなのだろう。

 床と比べれば柔らかいことも影響してかすぐにすうすうと寝息を立てていた。


「こんこん」

「え、茜音ちゃん?」


 幻覚……ではない、確かに窓の向こうに茜音ちゃんがいる。

 残念ながら動けないからそのまま馬鹿みたいに見つめる羽目になった、そうしたら段々と表情が苦しそうな感じになっていってスルーすることができなくなった。


「……もう一時間ぐらい経過しました?」


 一時間どころか十分も経っていないけどごめん。

 今日はそれこそ大室君と出かけているはずなのにどうしてこんなところにいるのか。

 学習能力があるからまた同じような失敗をしてしまったわけではないだろうから……実際は近くに大室君もいるとかだろうか。

 それならその方がいい、外でただじっとしているだけでも体力を奪われるから一緒に屋内にでも逃げた方がいいから。


「ごめん市毛さん、茜音ちゃんが来たんだ」

「え? あ、本当ですね、ちょっといってきます」


 ただやっぱり茜音ちゃんだけしかいなかった。


「結構早くにお家を出たのはよかったんだけど良二先輩、今日に限って熱が出ちゃっていてね? 可愛い後輩らしく残ろうとしたんだけど移したくないから帰れって何回も言われてさー流石に複雑な気持ちになっていたところで思い出してこっちに来たんだよ」

「熱か、明日まで響かないといいけど」


 そこまで差はないとしても違うクラスだから授業内容のことでも大して役に立てないのがあれだ。

 あとは部活が大好きな子だから治して元気なところを見せてもらいたいと思う。


「ん-そこまで酷い感じではなかったから大丈夫だと思うよ。それより沙美ちゃんは眠たいの?」

「はい、最近は暑くてあんまり寝られていなかったんです」

「それで翔君の足を借りて寝ていたんだね、邪魔をしてごめんね」

「いえ、堀先輩が退屈でしたでしょうから茜音さんが来てくれてありがたいぐらいですよ」

「まあ、翔君翔君、こういう子が本当に可愛い存在ってやつなんだろうね」


 ああ、冗談混じりに言っていたけど気にしてしまっているということか。


「比べる必要はないよ」

「べ、別に比べていないし……」

「さ、僕はちゃんといるから市毛さんは寝たらいいよ」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」


 彼女がいるところではお姉さんでいたいのかそれでも喋ったりはしていなかった。

 ただじっと妹的な存在を見つめているだけ、別に嫌だとかではないものの逆の方がよかった気がしてきても口にしたりはしなかった。

 ある程度は任せて、流石に夕方頃になって彼女のご家族が帰宅する前には起こして解散にした。


「沙美ちゃんって甘えられているようで遠慮をしているよね」

「それは茜音ちゃんじゃないの?」

「いや私はまだ出会ったばかりだからね、翔君がもう少しはっきりしてあげられたら変わるかもね」


 僕がはっきりと、か。


「やりたいようにやってもらうんじゃ駄目なの?」

「うーん、それだと一方的になっちゃうからね」

「難しいね、これなら僕が好きになる側の方がよかった、そうすれば判断は全て相手に任せられるから」

「同じ学校だったらもっとよかったのにね」


 同じ学校だった中学生時代にあれだからそれでも変わっていなかったと思う。

 あんまりお腹も空いていなかったから部屋に直行しようとしてやめた、流石に母が作ってくれていたから食べないわけにはいかなかった。

 元々お風呂は最後なのをいいことに一人で電気も点けずに考えていたけどいい答えは出てくることもなく、ただ天井や壁を見つめる時間にしかならない。

 窓の外から入ってくる風だけがいまは僕の味方だった。




「が……って、寝てしまっていたのか」


 夜に問題なく寝られているのに最近は一人になるとすぐにこういうことになる。

 授業中なんかにこうなってしまったら通っている意味がないから早く直したい、あといまは早く夏休みがきてほしいかな。

 強豪校というわけではないのと最近は変わったのもあって毎日が部活というわけではないし市毛さんがもっと自由にしたいようにできるからだ。


「やあ」

「え、待っていてくれたんですか?」

「はは、お気に入りのスポットでぼうっとしていたら寝てしまっていてね、だからいま来たばかりなんだよ」


 ちなみにこれは僕が言い出したことだ。

 事前に連絡をしてあって彼女も受け入れてくれていたからいまの彼女は反応はうーん……。


「あ、いまはあんまり近づいてほしくないです」

「それならこれぐらいでいい?」

「はい、それぐらいならまあ……」

「荷物持つよ」


 いや今度は気に入られようと必死に見えないだろうか。

 部活が終わるのを待ったり荷物を持ったり、これがそっち方面に働くかというと微妙な気がする。

 彼女が言い出したのならともかく男側から夜に一緒にいたいなんて言われているみたいなものだしやはり僕が動くとただ空回る結果にしかならないのだろうか。


「ふふ、そんな顔をしなくても、汗をかいたからあんまり近づいてほしくないだけですよ?」

「ねえ市毛さん、これってどうなの? やっぱり気持ちが悪い?」


 それにはなにも答えてくれなかった。


「茜音ちゃんにもう少しはっきりした方がいいって言われたんだ、そうすれば市毛さんももっと遠慮をせずに甘えられるようになるからってことでね」

「また茜音さんですか、それならこれも茜音さんが関係しているということですよね?」

「それはそうだけど一番は約束をしたからだね」


 だからこそ答えは出なくても最近はごちゃごちゃ考えているわけだ。

 全くどうでもいい相手なら連絡先とか消して一人でふらふらしている、大室君や茜音ちゃんならそうはいかないけど彼女の場合は他校なのだからそれができるのにしていない時点でわかってもらいたい。

 変な状態になってしまっているからこそいい加減なことはできない。


「それなら答えますけど、堀先輩の態度が変わっても私は私のままなので難しいですよ」

「そっか」

「でも、私は嬉しかったですよ、私から頼んだわけではないのにこうして短くても堀先輩といられているんですから」

「市毛さんってそういう時間差攻撃が得意だよね」


 なんで表情も変わっていないのにここまでパワーを感じるのか、それこそふざけているときなんか全く勝負にならないほどだ。


「沙美って呼んでくれませんか?」

「難しいんじゃなかったの?」

「茜音さんが相手のときみたいにしたことを堀先輩――翔先輩にできないだけでこれぐらいはやっていかないと全く進みませんから」


 名前呼びぐらいならまあ。

 とかなんとか考えていたくせに家に着くまでに一回しか呼べなかったのが情けなかった。

 わかったと受け入れたときといい、最初から僕は負けていたのかもしれなかった。

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