京子、ルルカ編
第19怪
桜田家の朝は早い。祖母が朝食を作り、祖父は新聞を読んでいる。どこにでもある当たり前の日常かも知れない。しかし、明確に他の家庭と違うことがあった。京子は起きたあと、身支度を整え制服に。祖母の立派な朝食を平らげ、そして仏壇の前で正座する。
「お父さん、お母さん。行ってきます」
仏壇に添えられた笑顔の女性と、幼かった京子が描いた父の似顔絵はいつも通りそこにある。桜田家は明確に他の家庭と違うことがある。両親がいないのだ。
「本日は部活動はありません。ボランティアの地域清掃があります。普段お世話になっている地域の方のために精一杯頑張りましょう」
年に一回、学校主導で清掃ボランティアがある。それが今日だ。京子は学校から少し離れたいつもの公園でゴミ拾いをしていた。普段から良く集まるこの公園に綺麗でいて欲しいと思っていたからだ。しかし、そう思っていたのは京子だけではなかった。美玲と真野が合流する。
「京子さんも来てたんですね」
「あのバカ三人はふざけて先生に怒られてたよ」
公園には自動販売機があるが、ゴミ箱は設置されてない。ゴミは持ち帰るのが常識だが、中にはそうでない人もいる。空き缶やペットボトルのゴミは草むらの中や自動販売機周辺によく転がっている。
「こういうので人間性試されるんだよねー」
美玲とそう話しながらゴミを拾っていくと、人影が伸びる。下を向いていた為、前に女性がいたことに気がつかなかったのだ。
「あ、すみません……」
見ると五十路ほどの着物を着た女性が立っていた。髪はかんざしで留めたお団子ヘアに、和傘を差しているその女性は妖艶さがあり、思わず息を呑んだ。
「いいえ~、こちらこそ。お掃除しているのにお邪魔してしまったのう」
「わ、私たちがちゃんと前見てなかっただけなので。すみません!」
女性は美玲たちを見て微笑んだ。「ではこれで」と、その場を離れようとしたとき、女性は二人を留め、そして京子を見て言った。
「はて、そなたを何処かで見たことがある。何時だったかのう……あぁ、そうじゃ。名前を知らぬから思い出せぬじゃろう」
怪しげな雰囲気に思わず後退りをした。そんな事態に真野が気づいたのか、京子と美玲の前に割って入る。
「あの、僕たちこれでも授業中ですので」
女性の目の色が変わる。扇子を取り出し、口元を覆う。先程までとは打って変わって冷たい声をしていた。
「
ゾッとするほどの声だった。三人は女性が真野を見ただけで人間ではない事を見破ったことに驚いた。美玲は焦った。
(混血ってあまり良い待遇はされないって真野くん言ってたよね、もしかしたら悪い人かも知れない!)
「京子さん! 真野くん連れて学校戻ろう!」
そう美玲が言ったとき、女性はにこやかに笑った。
「京子、と言うのじゃな? あぁ、思い出したわ。妾の名は
「ひめ……小路、さん」
京子が反応し、動きが止まる。それに雪乃は続けて話す。
「ふむ、ここいらは青崎の領分だったはず。赤坂家の人間が何故こんなところでゴミ拾いなどしているんじゃ? あぁ、もしや誰にも知らせず……」
「知っています!」
真野が会話を遮った。それに雪乃は舌打ちし、睨みつける。
「ふん……まぁ良い。今回の目的は妖魔退治ではないのでのう。丁度そなたらに聞きたいことがあったのじゃ」
そして女性は鋭い眼光で言った。
「比米太一郎を死に追いやった元凶を探しておる。そなたら、何か知ってないかえ」
何も知らないとシラを切り、三人は学校へと戻った。雪乃は何か言いたげだったが、こちらが何も話さないと分かると去っていった。京子は何も言えずにいた。
「京子さん、大丈夫。私は何かの間違いだって分かってるから。誰にも言わないよ」
これまで怪奇研究部員として活動してきた絆がある。美玲は簡単に信じられなかった。この件を怪奇研究部で共有した。あの女性が京子を赤坂の人間と言ったことは省いて。
「姫小路、か……」
姫小路雪乃と名乗る女性について、霊能者たちは良く知っているようだ。颯斗が説明する。
「姫小路家は有名な霊能者一族だが、家訓が『妖魔は皆殺し』の人間至上主義一族なんだ」
霊能者の中には妖怪を快く思っていないものも存在する。その代表格が姫小路家であり、当主の雪乃だ。一方青崎では人間と妖怪の共存を願っており、妖怪と助け、助けられの関係になっている。大きな理由としては、先祖である安倍晴明が妖狐と人間の混血だった事だ。
「真野、お前運が良かったぞ。青崎としても姫小路はあまり良い関係じゃないからな」
「そんな姫小路が後藤を、ね」
弓道部の大会で闇の力を使い、死んだ太一郎。そんな太一郎を死に追いやった人物を探している姫小路一族の当主。
「どんな関係があるんだ」
学校が終わり、真野と京子は家路を辿っていた。
「美玲さんなら、受け入れてくれると思いますか?」
「どうだろう。でも僕の時と同じだよ。美玲さんなら分かってくれる」
不安な顔をする京子に真野は笑いかける。しかし「何かの間違い」と言われたことが京子の頭をぐるぐる巡る。不安になりつつも納得したように京子は言った。
「私も、自分のこと打ち明けたいです。さっきだって真野さんが割って入ってくれなきゃあのまま全てバレてました。いつかバレるなら自分の口からって……たとえ信用されなくなっても……」
姫小路雪乃は暗い森の中を歩いていた。
「こんな物騒なところに妾を呼びつけるなど、紳士的ではないのう」
「先に礼儀を欠いたのはお前だろ。雪乃」
「偶然じゃよ、袂紳」
名前で呼び合う二人。他に誰も居なかった。二人は歩みを進め、お互いの距離を近づける。
「誰も連れて来なかったのかえ。すなわち、何が起きても証言者がいないということじゃろう」
不気味な風が吹き、葉が音を立てる。それは悲鳴のようにも聞こえた。
「どうせ何もできない。実力差がありすぎるからな、俺たちは。それより本題に入ろうか」
「嫌味な小僧じゃの。良いだろう、きっかけは家系図整理じゃった……」
霊能力は基本遺伝する。しかし、中には遺伝せず全く霊能力の無いものも産まれる。百年ほど前までそのような子供は一族から追い出され、一般人として生きてきたがしかし、隔世遺伝や何らかの理由でその子どもたちが霊能力が開花する場合がある。その時、正しい霊能力を教えられる大人が必要なのだ。
「漁っていくうちに忘れられた分家、比米家に霊能力の覚醒した子がいるのに気がついたのじゃ。彼に一刻も早く会いに行こうとしたが、その時には既に死んでいた」
「で?」
「哀れな太一郎の為、代わりに妾が復讐をしようと思ったのじゃ。裏で命令を下し、私腹を肥やした人間に」
そう言って雪乃は去っていった。その顔には確信めいたものがあり、復讐と言った雪乃はこの状況を楽しんでいるようだ。
(のう袂紳……生まれ変わり続けるそなたは、果たして純粋な人間と言えるのかえ)
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