第17怪

 色鮮やかな花火が闇夜を照らす。表向きでは青崎家は温泉旅館を経営している。風情溢れる日本式の庭に浮かぶ花火は格別だ。その裏でまさきと真野は颯斗たちの父親、青崎家の主人の青崎光一せいざきこういちと話をしていた。和服姿で物腰柔らかな雰囲気の人だ。


「この人が……真野くんの、お父さん……?」


「はい!」


 真野がにこやかにまさきを紹介した。父親と言われ、まさきも嬉しそうだった。


「で、でも随分雰囲気が」


「この人は母の再婚相手だそうです! ところでまさきさんとは初めて会ったのでは?」


「あー、そゆこと……昔、君の本当のお父さんに一回会ったんだ」




 十四年前、一人の男が赤ん坊を抱いて我が家を訪ねてきたんだ。


「霊能者として名高い青崎様に頼みがあります……どうかこの子を安全なところで保護して頂けないでしょうか」


 何か深い事情がありそうだと思って招き入れ、それで知った。


「この子が混血……」


「私は恐らくもうすぐ死にます。天使族から報復を受けるでしょうから。ただ、この子には何の罪もないんです。私の愛する女性との子には長生きしてほしい」


 すると話を聞いていた瀬央せお……純のお父さんが話に割り込んできた。臨月だっしピリついていたんだろうけど。


「突然押し入って自分勝手だとは思わないのか? そのガキを匿ったらウチも天使族から目を付けられるかも知れない」


「だけれど子供には罪はないよ」


義兄さんあんたは甘いんだよ。まだ颯斗も純平も赤ん坊だろ。そん時何かあったらどうすんだ。それにもうすぐ俺の子だって産まれてくる」


 静かに聞いていたお父さんは畳に頭を擦り付けながら頼んだ。


「仰る通りです。私は身勝手な人間です。しかし、それでも引けないのです。どうかよろしくお願いします」


 結局、引き取り先が見つかるまで面倒を見ることで決まった。お父さんは切なそうに笑いながら去ろうとした。


「あなたのお名前と、この子の名前は?」


「私は真野正樹しんのまさき。この子は真野岬です」


「みさき……女の子だった!?」


 ハハっと正樹は笑い、男の子ですよと訂正した。名前の由来は初めて妻と会った場所から。




「その後、妖怪を保護する児童養護施設に君を預けてこの話は終わった」


 実の父親の話は初めて聞いた。


「正樹……って?」


 まさき、偶然にしては出来すぎていると思った。まさきは真野正樹のことを知っていたんだろうか。


「あぁ、それはな。お前のお母さんが教えてくれたんだ」


「天使のお母さんが?」


「俺は天界にある国で暮らしているんだがな。お母さんは天使でありながら人間との間に子を作ったから、罰として声を奪われたんだ」


 笑いもせず、話もせず、ただ時間だけが過ぎていった。何とか会話を試みようと紙とペンを渡すと日本語で『しんの』『まさき』『にほん』『みさき』と書き始めた。


「だが俺は日本語を知らなかったから、死神としてよく人間界に降り立つフレアに解読をして貰った。そうやって徐々に調べていって、ミサキを見つけたんだ。人間界に居るためにちょっとだけ『まさき』と言う名前を借りた」


「そうだったんですね……でもどうして僕に会いに?」


 母と二人だけで幸せに暮らすことも出来たはずだ。混血という難しい立場の子共なんて居ても邪魔なだけだ。


「紙に『会いたい』って書いてあったからな」


 真野の表情が変わる。驚きに包まれていた。


「だが罰を受けた天使は人間界に行けない。だから変わりに写真でも撮って見せてやろうと思ってな」


 真野は気づいた。愛されているという事実に。自然と涙が溢れでる。


「僕は……捨てられたわけじゃ、ない」


 心のわだかまりが消え、新しい自分になれたように感じた。




 花火をしながらまさきと写真を撮る。線香花火はラストを飾るに相応しい花火だ。パチパチと鳴る花火が、拍手に聞こえる。花火が終わり、まさきが天界に帰るのを見送ると、帰り道で京子と一緒になった。


「真野さん、なんだか嬉しそうですね」


「そうかな? 皆んなにやっと話せたからかな、お父さんが出来たからかな」


 「両方だと思います」と京子が続ける。怪奇研究部のメンバーに自分が混血であることを話した。嫌われることを恐れていたが、美玲の言った通り、メンバーが態度を変えることはなかった。


「真野さんは素直で良いと思います……」


 京子は俯き、表情が暗くなる。


「だから……私も。言わなくてはならないことがあります」


「京子さん?」


 京子は覚悟を決めたように話す。


「私は……私はっ! ……ーーーでーーーーーなんです……」


 真野の歩みが止まる。表情が固くなった。


「そ、れは……!」


「少なくとも颯斗さん、純さんは知らないと思います。青崎家の中でも限られた人しか知り得ませんから」


 真野は必死に言葉を絞り出した。


「ぼ、僕は……他人の家の事情なんて分かりません。けど……話してくれてありがとうございます。僕は京子さんの味方ですからね!」


 京子の表情が和らいだ。


「ふふっ……ありがとうございます」

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