【夏の章完結!】SummerDays(仮)〜海でナンパした女の子が、まさかのクラスメートで〜
鈴木えんぺら@『ガリ勉くんと裏アカさん』
夏の章
第1話 始まりと呼ぶには、あまりにも気まずくて その1
「へ~い、そこのカ・ノ・ジョ! 俺と一緒に遊ばない?」
自分の口から出たとは思えない、上擦った声と軽薄なセリフ。
遅れて羞恥が込み上げてきて、にわかに『
眼鏡のレンズの曇ってしまった部分を避けるように、あるいは眼前の光景から目を逸らすために――恨みがましげに空を睨みつける。
――何もかも、夏が悪い!
広くて高くて青い空。
ジリジリと照り付けてくる太陽。
肌に纏わりついてくる高温で多湿な空気。
ビーチサンダル越しに足の裏を焙ってくる砂浜。
寄せては返す波の音と、そこかしこから湧き溢れる喧騒。
アレコレ合わせて普段より興奮気味だったし、理性は溶解寸前だった。
おぎゃあと生まれて17年、まさか自分が見ず知らずの異性をナンパするなんて。
『やはり、どう考えても夏のせいだ』と結論づけて、改めて声をかけた『カノジョ』に視線を戻した。
――同い年ぐらいだよな? 顔見てないからわからんが。
最初に目についたのは、腰まで届くストレートの黒髪。
身長172センチな千里の肩より彼女の背丈は少し低いのに……腰の位置が高いのか、どう見ても彼女の方が千里より脚が長い。
スラリと伸びた白い脚が、やたらと眩しかった。
……腰がどうとか、脚が云々とか、どうしてそんなことがわかるかと言うと――ここは海で彼女が水着姿だからだ。
水着。
ボトムスは布面積が少なくて鋭角に切れ上がっていた。
そして、食い込んでいた。
シンプルなデザインの赤い三角形が、むき出しの白いお尻に映えていて、腰のサイドで結ばれている紐に指をかけて引っ張りたい衝動に駆られまくる。
――俺だけが特別に変態なわけじゃないぞ。
浜辺を行きかう男たちの視線も彼女の腰あたりをウロウロしているので、たぶんどいつもこいつも似たり寄ったりのことを考えているに違いないのだ。
残念なことに上半身はパーカーで隠されているものの……下に合わせているのなら、薄い布地の内側はかなり大胆なデザイン――それこそ、よほどの自分の容姿に自信がなければ着られない類の水着であることが容易に想像できてしまって、いまだ見えない顔面の造形にも期待が高まる。
そんな年頃の少女が、夏の砂浜に立っていた。
ポケットに手を突っ込んで……どことなく退屈しているようにも見えたし、寂しそうにも見えた。
夏。
海辺。
水着姿。
ひとりきり。
手持ち無沙汰。
これだけシチュエーションが積み重なっているのだから、これはもう『声をかけるチャンスなのでは? むしろ声をかけないのは失礼なのでは?』と都合よく妄想を巡らしても何らおかしくはない……と思う。
――とは言え、簡単にはいかないみたいだがな。
心の中で唸ってしまった。
声をかける前に様子を窺っていた限りでは、さっきから誘いをかける男が引きも切らずな有り様だったのだが……彼女はそのすべてを拒絶していた。
一方で、袖にされた男たちの反応は様々だった。
怒りを露にする者。
へらへら笑っている者。
申し訳なさげにしている者。
顔を引きつらせて足早に立ち去る者。
いずれにせよダメなものはダメ。そこだけは誰が相手でも変わらない。
『だったら自分が声をかけても同じ結果になるのでは?』といつもなら弱気に流れてしまうところだが……今日に限っては、そうはならなかった。『あれだけ声をかけられているのなら、よほどの美人に違いない』ってな具合で、むしろテンションは右肩上がりだ。
――まぁ、ダメで元々だしな。とにかく罰ゲームは頑張ったってことで。
そう。
これは罰ゲームなのだ。
腐れ縁な幼馴染たちと海に来た千里は――ジャンケンに負けた。
『じゃあ罰ゲームってことで……千里、ナンパ』とほざいた幼馴染『
ふたりの息はぴったりで、どちらの笑顔にも悪意はなかった。
……それはそれとして、由宇の言い草にカチンときたのは事実だ。
『自分たちが付き合っているからって、調子に乗りやがって』な感じで。
それをそのまま口にするのは、人として友としてどうかと思ったので――あえて流れに乗ることにしたである。
『よし、わかった。行ってくる。お前ら、あとで吠え面かくなよ!』
彼女たちの提案を撥ねつけることも不可能ではなかったが……売り言葉に買い言葉で物色を始めてしまった自分は、やはりクソ暑い夏の熱気で頭が茹っていたと思う。
そうだ。
そうに違いない。
今もふたりは離れたところでイチャイチャしている。
罰ゲームと言っても、別に逐一監視されているわけではない。
所詮はテキトーなお遊びなのだ。言われなくとも十分に理解している。
だったら『ちゃんとナンパしたぞ。ダメだったけどな』とウソをついて戻ればよさそうなものだが――千里はあえて目についた少女に声をかけた。
――いい機会……まぁ、確かにそうかもしれんのよな。
『真壁 千里』十七歳。
どこにでもいる男子高校生。
当然のごとく異性に興味津々だった。
――彼女、彼女なぁ……彼女かぁ……
これまで彼女などいたことはないが、決して恋愛に関心がないわけではない。
かわいい女の子と仲良くなって、一緒に遊んだり勉強したりビデオ通話で夜を明かしたり……そういうキラキラしたイベントの数々に憧れを抱くお年頃である。
『ボーっと待ってるだけで彼女ができるわけないでしょ。恋愛は戦いだよ!』と得意げに(ない)胸を張る幼馴染の言葉がグサッと突き刺さるお年頃でもある。
戦って、勝って、彼氏をゲットした彼女の言葉には、有無を言わせぬ説得力があった。
――チャンス、チャンスなぁ……まぁ、チャンスと言えばチャンスか。チャンスだよな?
地元から離れた海でナンパなんて、失敗したって笑い話で済む。
お互いに二度と顔を合わせることもないだろうし。
『旅の恥は掻き捨て』とも言うし。
それどころか――
――むしろ成功してしまったら、そっちの方が厄介かもしれん。
へらりと口の端が歪む。
さすがにこれは『捕らぬ狸の皮算用』以外の何物でもなかった。
ことさらに卑下するつもりはないが、自分の容姿が人目を惹くものではないという自覚はある。
初対面では外見以外でのアピールは難しい。
相手の立場に立って考えてみれば、OKする要素が何もない。
ましてや海で水着ときたら……どれだけ取り繕ったところで下心が丸見え過ぎる。
――本当にチャンスなのか、これ?
唐突に疑念が湧いたものの、時すでに遅し。
声はかけた。かけてしまった。
「それ……私に言ってるの?」
耳に心地よい、透き通るような声。
返事があったことに軽い驚きを覚えた。
……かすかな違和感に、つい眉をひそめた。
振り返った彼女の顔を目にして――絶句した。
「なッ!?」
漆黒の瞳。
涼やかな眼差し。
小ぶりな鼻と、桃色に艶めく唇。
それぞれのパーツの出来栄えは完璧で、配置は神がかっていた。
想像をはるかに上回るトンデモナイ美少女だった。
ただ……問題は、そこではなかった。
「お、お前……
「……私以外の誰に見えるのよ、真壁?」
突き放すような口振りとともに双眸が鋭く細められる。
千里は『カノジョ』の名前を知っていた。
彼女の名は『
顔見知りどころか――思いっきりクラスメートだった。
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