第12話 手掛かり


 食事も済み、エリックが幸せそうに微笑んでいると、「満足出来たか?」とダレンが訊いた。


「はい! こんなに旨い料理、オレ初めて食べました!」


 その返事にダレンは満足そうに微笑む。

 彼の言葉には、嘘は無いだろう。多く作り過ぎたと思っていたスープは、瞬く間に無くなり、鍋は空っぽだ。用意した果物もサラダも、全て綺麗に無くなっている。


「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ。報酬が食事というからには、教会では、そんなに食べられないのか?」

「いえ……。修道女ねえさま達は、いつもちゃんと用意してくれています。ただオレが、下の子達に食べさせてやりたくて……。沢山よそるのを我慢してしまうんです……」

「……なるほど」


 困った様に微笑みながら答えるエリックに、ダレンは自分の見立てに間違いはなかったと思った。


「君は、心根の優しい男だな……。よし! 三日間という短い間の契約ではあるが、その間は思う存分、食べさせてやる。その代わり、しっかり働いてくれよ?」

「はい!」



***



 食器を二人で片付け終えると、再びリビングへ戻りテーブルに着く。


「では、早速だが。今から話す事、これから起きるだろう事、今後の事を含めて、この部屋で話したこと全て。ここだけの話として、君の中に留めること。修道女さん達にも他言無用だ。約束出来るか?」


 ダレンは先程までの柔らかな表情を消し去り、仕事として、子供ではなく、一人の人間として向き合って話を切り出した。それを感じ取ったエリックは、居住まいを正し、ごくりと唾を飲み込むと、「はい……!」と頷いた。


「君にお願いしたい事は、新しく入ってきた【一時預かり】されている少女の事だ」

「……」

「彼女の名前は、知っているか?」

「いえ……」


 一瞬、エリックの視線が動く。これは「知っている」が、言わないと約束したのだろう。

 ダレンはその事を追求せず、話を続ける。


「僕は、彼女が【女神の愛し子】だという事を知っている」

「……!!」


 顔を強張らせ、ガタリと音を立てて立ち上がろうとしたエリックを、ダレンが片手を上げ制す。


「大丈夫だ、安心しろ。他言無用なのは僕も同じだ。ここで話した事は、外には漏らさない」


 そう伝えると、エリックは「すみません……」と、静かに席に着いた。


「彼女を連れて来た人物達は、彼女の親では無い。それは、彼女から僕が話だ。そして、彼女がこの国の者でも無い事も分かっている。ただ、彼女を連れて来た人物達について院長に聞いたが、『焦茶色の髪と瞳』以外、僕は何の情報も持ち合わせていないも同然なんだ。どんな話し方をしたのか、どんな風貌だったか。君は、彼女を連れて来た人物達を、見た事はある?」


 少し迷う様な表情をしたが、エリックは直ぐダレンを見つめ返し、ひとつ頷いた。


「どんな風貌だった? 髪型や服装、顔付きとか。何でも良いんだ。覚えていることはないか?」

「……服装は、下町でよく見る服装と変わり無かったです。でも、彼女は違ったな……」

「違う? どう違った?」


 教会に居た彼女は、この国の下町にいる少女達と同じ様な服装だった。ダレンは僅かに眉間を寄せる。


「真っ白なワンピースを着ていたんです。首元にリボンがあるだけの、なんか……寝巻きみたいな服装でした」


 エリックも眉間に皺を寄せ、首を傾げる。ダレンは頷くと、質問を続けた。


「なるほど……。その連れて来た男女の顔に、何か特徴は無かったか?」

「顔の特徴……」

「肌の色が濃かったとか」

「ああ! それなら、男の人の方が、少し浅黒かったと思います」

「男は、体格が良かったか?」

「ああ……背はあまり高く無かったと思います。あ! そういえば、着ている服が少しきつそうだなって思ったんだ! あ、あと! 手首に何か絵が書いてありました」

「手首に絵? それは、どんな?」


 エリックは眉間を寄せ思い出そうとする。


「蛇? いや……縄の絵みたいな気がします……」

「縄……」


 根気強く導いた結果に、ダレンは僅かに口角を持ち上げる。

 肌が浅黒く、背は低いが体格が良い、そして手首にタトゥーがあるとなると、港付近の街に多くみられる特徴だ。それも、の。

 ダレンが人物の特徴を頭に描いていると、エリックがハッキリとした口調でいう。


「オレ、彼女を連れて来た人達は、この国の人では無いと思います」


 ダレンは脳内に浮かべた、まだ見ぬ人物像を蹴散らし「それは何故?」と問う。


「言葉が、変だって思ったんです」

「言葉が、変?」

「はい」

「だが、院長は訛りはあまり感じなかったと言っていたぞ」 

「確かに、訛りは特に感じませんでした」

「では、なぜ?」


 南部の人間だと、ダレンは確信していたが、エリックが何故そう思うのか、それを聞きたかった。南部のどの国かを、当てられるかもしれない。そう思ったからだ。エリックは頷き、思い出す様に視線を遠くに移す。


「あの日、彼女が初めて来た時に、一番最初に声を掛けられたのがオレでした。院長と話をしたいと言われて。それで、院長を呼びに行こうとした時、男の人と女の人が、小さな声で何か会話をしたんです。あ、オレ、耳が良くて」

「なるほど。続けて」

「あ、はい……それで、聞こえてきた言葉が、オレの初めて聞く言葉だったんです。二、三言の短い会話で。最初は何かの暗号かと思いました。けど、最後に男の人が『わかってる』と一言、この国の言葉で少し苛立った様に言ったんです」

「だから、暗号では無いと思った」

「はい」

「どんな風な言葉か覚えているか? 何でも良い。気になった単語やイントネーション、言葉の特徴的な何か」

「とても短い会話だったので……」

「何でも良いんだ。思い出してみてくれないか」


 エリックは暫し黙り込み、視線を机の端に向け考え込む。頭の中の記憶を掘り起こしているのだ。視線の動きに、作り話を考えるのでは無く、記憶の回路を辿っているのだと、ダレンは判断した。

 そのままエリックを観察していると、ふと何か思い出した様に顔を上げた。


「なんだか、濁った音が多かったような……」

「濁った音……」

「あ! そういえば、【ガジエラ】だったか……【ガジデラ】か……そんな言葉が聞こえた気がします」

「ガジデラ……」

「はい。その単語だけ、二人から出たので。確か、そんな言葉だった様に思います。……ごめんなさい、正確に覚えてなくて……」

「いや、十分だ」


 聞こえるか聞こえないかの声でエリックに言うと、ダレンは素早く立ち上がり、壁際にある書棚から本を漁る。

 いや、これじゃ無い、これも違う、などと一人呟きながら次々と本を取り出しては、書棚の近くにある簡易的な執務机にどんどん積んでいく。

 目当ての本が見つかったのか「はは!」と、短く笑い声を上げると、エリックを振り向いた。

 ダレンの行動を驚きながら見つめていたエリックは、ダレンの瞳が鋭くも楽しげな色である事に気が付いた。


「エリック、でかした!」

「え?」


 エリックからの話で、だいたいの目星を付けたダレンは、パンと一つ手を叩きニヤリと口角を上げる。


「エリック、仕事の話を続けようか」


 ダレンが一体、何に気が付き、何の手掛りを見つけたのか、一体何に喜んでいるのか。まだ何も見えないエリックは、ただただ、目の前の美しい顔の男を、首を傾げて見つめるだけだった。

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