第10話 聞き取り調査


 センター街へ入ると、ダレンが指定した場所にウィリスは車を停めた。


「少し、教会の近くを見て歩く。キャロルは、こちらの通りの店……そうだな、そこの雑貨屋と書店で、焦茶色の髪と瞳を持った男女を見た事があるか聞き込みをして欲しい。聞く時は『南部出身の労働者風の夫婦』と聞いてみてくれ。僕は、反対通りを聞き込みしてくる」


 キャロルは車を降りようとするダレンの腕を取って引き止める。


「待て、待て、待て、待て。待ってください、ダレンさん」

「なんだ?」


 半目で見てくるダレンに、キャロルは「なんだ、じゃありません」と睨み返す。


「夫婦はともかく。どっから『南部出身の労働者』なんて出て来たのよ? その説明をして」


 キャロルの言葉に、ダレンは口角を下げ、降りようとした身体を車に戻し、腕を組んで背もたれに身体を預けた。


「まず、カリッサ教会の院長の話によれば【女神の愛し子】を預けた二人は、焦茶色の髪と瞳だったと言った。どちらか一方ではなく、二人共がだ」

「それが、どう繋がるのよ」

「この国に焦茶色の髪は、確かに珍しい色ではない。でも、瞳も同様の色となると、国が絞られる。焦茶色の髪と瞳を持つのは南部の国の特徴だ。言葉の訛りがどうだったのか分からないから、どの国かまでかは分からないが、恐らく南部地方にある四つの国のどれかの出身だろう。ここ最近、レイルスロー王国も戦争と言っても国境沿いの小競り合い程度で大きな争いはない。それもあって、隣国から労働者が出稼ぎに来ている。彼等も、その出稼ぎ組だろうと考えたんだ。ただ、南部地方の女性は外に出たがらないと聞く。それなのに、この国へ来ている……となると、家族で出稼ぎの為に来ている可能性が高い」

「労働しに来て、その仕事が誘拐だなんて……どうかしてるわ」

「その意見には、僕も同感だ。だが、最初はそのつもりでは無かったかも知れないだろ? ひとまず、そういう理由からだ。あと、その二人は、カリッサ教会に預けた彼女が【女神の愛し子】だとは、知らないだろうな」


 ダレンの唐突な言葉に、キャロルは気が抜けた様な声で「え?」と訊き返した。


「何故かって、聞きたいのか?」

「そりゃ、聞きたいわね」

「理由は簡単。彼女が大人とは会話しない所が怪我の功名と言ったところかな。あと、もし知っていたら教会に預けず、どうにかして連れ歩く筈さ」

「そうね……確かに」

「さぁ、もう良いかな? 時間が無い。サッサと調べて行こう」

「分かったわ」


 車の前で別れた二人は、手分けして聞き込みを行う。聞き込み自体は、いつもダレンが行うのだが、今日は時間を短縮したい気持ちからキャロルに頼んだのだ。キャロルは頼られた事からか、いつになく嬉しそうな足取りで店へ向かう。その後ろ姿を見送ってから、ダレンは教会の向かいにあるパブへと向かった。

 パブは酒を飲む場所だが、昼間はランチを提供している店も多く、目の前の店もそうした店だった。

 

「いらっしゃい」

「やぁ」


 ダレンはサッと店内に目を走らせる。そんなに広く無い店内には数名の客が居たが、犯人像に似た人物は居ないようだ。

 カウンターへ近寄り椅子に腰を下ろす。


「何になさいます?」


 亭主らしき髭面の男が訊ねる。


「そうだな。コーヒーを頼めるかな」

「ああ、わかった」


 コーヒーは直ぐに出されたが、作り置きをしていたのだろうか、香りは抜け、酸味が強い。一口飲んでダレンはそれ以上は口にしなかった。

 しばらく周りを観察していると、亭主の方から声を掛けて来た。


「誰かお待ちで?」

「何故そう思う?」

「ここは酒と食事を出す場所だ。コーヒーだけなら、二軒隣のカフェに行けばいい。それをここでコーヒーを飲むなんざ、待ち合わせか何かと思いましてね」


 亭主の観察力にダレンは面白くなり、小さく笑う。


「まぁ、そんな所かな。知り合いを探しているんだよ」

「へぇ」

「南部出身の奴でね。久々にこっちに来たと連絡があったんだが、何処に居るのか教えてくれなくてね。会いたいなら、お前が俺を探せって」

「そりゃ洒落たご友人で」

「はは! 確かにな!」


 飲むのをやめていたコーヒーを一口飲む。


「アイツは酒が好きでね。どんな時間であっても飲み歩くから、ここに来てみたんだ。亭主、最近、南部出身の者が店に出入りしている事はあるか?」

「そりゃ、近年、レイルスローには色んな国の人間が出入りしてますからね、南部出身の客も少なくないですよ」

「そいつは最近、結婚したらしくてね。奥さんを説得して連れて来たと言っていた。男女で来ている南部出身の客に見覚えは?」

「ああ、それなら最近、ちょくちょく見かけるなぁ……いや、でもあの客は五、六人で来てるか……」

「南部地方は、女性が外に出たがらない傾向がある。南部の女性が他国へ出る事は珍しいから、多分、その集団で間違いないかな」

「そうかい。なら、今度来た時にでも、美人の兄ちゃんが来たと伝えておくよ」


 亭主が笑いながらいうのを、ダレンも笑いながら「いやいや」と手を振る。


「見つけてやったぞと、驚かせたいからね。それは黙っていてもらえると嬉しいよ」

「ははは! そりゃそうだな! その時はこの店で再会してくれ! その友人が驚く姿をオレも見てみたい」

「ああ、約束しよう」


 ダレンはコーヒー代より少し多めの代金をテーブルに置くと「また来るよ」と店を出た。


(カリッサ教会に来た者達と同一と見て間違い無さそうだな……)


 新しい情報として、相手は五、六人だと分かっただけでも上出来だ。

 ダレンは他の店には行かず、キャロルが居るであろう書店へと向かった。





 書店に居たキャロルを連れて、プラナス教会へと向かう。

 院長と話をしたい旨伝えると、すぐに院長室へと案内された。


「忙しい中、突然、申し訳ない」

「いえいえ、アワーズ伯爵若夫人にマイルズ侯爵家の御令息がお見えだとなれば、いつでもお迎え致しますとも」


 ダレンは実家の家名を言われたが、それを否定する事もなく流した。


「それで、今日はどういった御用向きで?」


 ダレンはカリッサ教会で聞いた様に、兄の仕事の関係だと言って子供の人数や養子へ出た人数などを聞いていた。

 最後に、南部出身の人達がミサに来ることはあるのかと訊ねた。


『南部出身の』と聞いた時、院長は「ええ、たまに来ます」とだけ答えるのみで、それ以上は何も言わなかった。だが、その態度には、どこかダレンを拒絶する様な仕草が見て取れた。他の者には気が付かない、無意識に行われたほんの些細なものだ。

 ダレンはその事に気が付いていたが、敢えて何も追求する事なく「そうですか」と返事のみに留めた。


 話を聞き終えたダレンとキャロルは院長に礼を言い、教会を後にした。


 残りの教会へも、同様に質問をして歩いた。ただ、プラナス教会では訊かなかった『一時預かりの子供はいるか』という質問には、二箇所の教会が、あると応えた。

 そのうちの一つは、つい最近、男児を預かったと応え、連れて来たのは「焦茶色の髪と瞳の男女」であった。


 全てを周り終えた頃には、天鵞絨ビロードの様な空は星を散りばめ、輝いていた。

 キャロルを遅くまで付き合わせた事に、流石のダレンも申し訳ない気持ちになり、アワーズ伯爵家に着いて行き、キャロルの夫であるアーサーに、キャロルの帰りが遅くなった事を謝罪した。

 アーサーは満面な笑顔でダレンに夕食を誘うと、穏やかな口調ではあるが、食べさせる気は無いのだろうという程に説教をした。叔母と甥とはいえ、既婚女性を夜遅くまで連れ回したのは、確かに宜しくなかったと、ダレンは反省して見せたが……。

 満面の笑みを浮かべたままのアーサーの説教は、日付が変わる瞬間まで続いたのだった……。

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