異性として見ていない同級生


「すみません、何ページかもう一度言ってもらってもいいですか?」


「なんだ、山田がそんな事言うのは珍しいな。12ページの問3の問題を――」



 教室がざわつく。俺がミスをするのが珍しかったようだ。

 授業を真面目に聞かなかったのはいつぶりだろう。大人の感覚を身に着けてから初めてかも知れない。


 どうしても考えてしまう。

 白百合に対して何か特別な感情を抱いていた自分が……信じられなかった。


 俺と白百合は友達だ。

 その関係を壊したくない。


 走馬灯の俺は、何度も恋をして失敗をして……、心を傷つけた。

 恋というものだけはしたくなかった。


 一個人と親密になればなるほど、裏切られてた時の反動はひどい。

 だから、そんな物は大人の精神で殺してしまえばいい。


 中学の時の俺を振り返ろ。

 強靭に鍛えられた精神は、誰とでも等しく関わっていた。

 恋愛なんて遊びみたいなもの。そんなものは努力の邪魔になるだけ。

 人生が豊かになるわけがない。ドラマの中だけで十分だ。


 ……俺は弱くなったのか?


 姉との対話の時、強く突き放す事が出来なかった。


 悲しそうな顔をしていた関口と関わってしまった。


 もっと冷徹な手段で吉田を追い詰める事も可能だった。


 白百合を……自宅に招いて、ゲームをしてしまった。


 間違えだったのか? 




『違えよ、今のお前は間違ってねえよ。いくら努力しても人の事好きにならなきゃ壊れてんだろ? そんなもんバカな俺でもわかるぞ』




 誰かの声が聞こえてきた。

 俺は立ち上がって周囲を見渡す。

 静かな授業中、クラスメイトたちは突然立ち上がった俺を見ていた。


「……失礼、調子が悪いので保健室に行ってくる」


「そうか確かに顔色悪いぞ。……保健委員、一緒に行ってやれ。……おい、時任、お前が保健委員だろ!」


「えっ? そうだっけ? あははっ、忘れちゃってたじゃん」


「い、いや、付き添いは……」


「駄目だ、そのままサボる生徒もいるからな。ほら行って来い」


 俺と時任は教室を出るのであった。






 少し考えすぎて頭が重い。

 歩きながら時任は俺の顔を覗き込む。


「ご飯一杯食べたから眠くなっちゃったのかな? 私もね、すっごく眠かったから丁度よかったじゃん!」


「眠くはない。身体は問題ない、はずだ」


「ふーん、あっ、チワ助の写真観る? 気が紛れるかもよ」


「……時任はチワ助が大好きだな。人間の男には興味が無いのか?」


「わぉっ、まさかの山田から恋バナ!? これって雨振るんじゃない?」


「うるさい……」


 やはり頭が重いんだろう。無駄な話を時任としてしまう。

 こんなものは必要ない。

 いや、俺はクラスメイトと一定の値まで馴染む必要がある。今度は普通の学園生活を……。


「ちょ、マジでふらついてるじゃん。えっと、が、頑張れ!」


 時任は俺の背中を遠慮しながら押す。人とのぬくもりが何故か痛みを和らげてくれているように思えた。嫌な気分にはならなかった。





「うわー、先生いないじゃん。これって、まさか二人っきり!? ……へへ、まあ山田だから何にも起こんないけどね」


 俺はベッドに腰をかける。少し楽になった。

 時任は保健室が珍しいのか辺りをキョロキョロと見ている。


 そして、椅子に座った。


「でさ、ぶっちゃけ山田って何に悩んでるの?」


「時任……?」


「いやさ、嫌なら言わなくてもいいけど、それでも言ったら少し楽になれるんだよ。あんたには助けられたし、わんこ友達何だしさ」


 時任は金髪の髪をくるくると弄ぶ。

 恥ずかしがっているのか俺と顔を合わせない。


「……さっきのさ、人間の男に興味ないのか、って話。私さ、こんな髪色だから超遊んでるって見られるんだ」


 時任は自分の髪を見つめながら自分に語るように喋り始めた。


「男の人は正直怖い。小学校や中学の時、結構意地悪されたんだ。後になって『好きだった』って言われたけど……意味わかんなかった……。私は大嫌いって答えたけどね!」


「……俺も怖いんじゃないのか?」


「山田? 山田はね、異性として見ていないよ。というか、同級生って感じじゃないかな。お兄ちゃん……よりももっと年上のお父さんって感じ。下心が全然ないし」


「それは……褒められているのか?」


「私にとっては超褒め言葉。……あのさ、山田、噂あったじゃん。多分ね、噂が無くてもね、初めの頃の山田はクラスメイトと馴染めてなかったと思うよ」


 時任が言っている事は理解できる。

 同級生と仲良くしている自分が想像出来ない。

 高校生、学生の義務として今回は『努力』してコミュニケーションの活性化を目論んでいた。


 結果、噂というものがあり、噂が無くなったとしても中々馴染む事が出来ない。

 やはり俺はストイックに生きる方が性にあっているのだろう。

 それでも、白百合や関口と関わって、懐かしい感情を思い出せたんだ。


「そうだろうな。人生はそんなものだ」


「頭良いのに人の話最後まで聞かないね……。今の山田は違うの、山田が白百合さんと一緒にいた時さ、超笑顔だったんだよ。あっ、山田って普通の人なんだ、って思ったんだ」


「笑顔?」


 俺は笑っていたのか? 

 自覚が無かった。普通に喋っていただけだと思っていた。




 ――『ていうか、お前も俺と一緒でバカなんだよ。心が冷え切るまで一人ぼっちで努力だけしていたんだ。そんなの……寂しいに決まってんだろ、バカ! ちゃんと友達を見ろ、お前の事心配してくれてんだぞ!』



 頭の中の声が煩わしい。

 時任が俺に心配をする義理はない。

 そうに決まっている。何故なら赤の他人だからだ。この世界は肉親でさえ裏切るのだ。



 一瞬、走馬灯の記憶が駆け巡る。

 母が俺達を捨てる。父親と姉貴と三人でパン屋を営み……、父親も蒸発する。残されたのは潰れかけの店と莫大な借金。成人になっていた俺は保証人として借金の返済に追われる。

 姉は結婚して縁が切れた。


 頭を振る、それは違う未来だ。今現在の事ではない。



『違えよ、母は二度と帰ってこなかったけど、親父は俺達のために必死で働いて、最後は俺に謝り続けて病気で死んじゃったんだよ。悪くない生活だったんだ三人で経営してたパン屋はさ。俺が決断して、借金を抱えて絶対返すって意地になったんだ。姉貴には良い人が出来たから幸せになってほしかったんだぜ。それに、俺には隣に愛しい人がいたんだ。だから……、いいんだ。人生、自分で道を切り開くんだ』


 ――だが、お前は沢山の人に裏切られた。



『過去の事なんてどうでもいい、信じてくれる人がそばにいたから』



 胸をかきむしりたくなる衝動に駆られる。



「……山田、何か悲しそうな顔してるよ」


「そう、だな。少し人生についてよくわからなくなっていたのかも知れない。……時任、少し俺の悩みを聞いてくれないか?」


 俺は何を言っている? 何故、人にすがる? そんなものは心を弱くするだけだ。今からでも遅くない。時任に教室に戻ってもらって、俺は心を鎮めれば――



「友達を……好きになっても……いいのか?」



 時任の表情は変わらない。

 俺の肩に手を置いた。その顔はとても美しく大人びて思えた。



「いいに決まってるでしょ。ほら、例えば、私と山田は友達じゃん。もしも、万が一、仮に、私が山田の事好きになっても……それは誰も止められないの。あんたも私も。だからそんなの自由だからさ」


「そうか……ありがとう、時任。確かに、心が軽くなったような気がした。……少し行きたい所が出てきた。俺は早退する。先生に言っておいてくれ」


「え、ええ!? ちょ、マジで!? 山田、どこ行くのよ!?!?」



 俺は去り際、時任に言った。



「……チワ助の写真、可愛いぞ。今度一緒に散歩へ連れてってくれ」


「うわっ、ちょ、まって、さっきの前言撤回……、山田、あんたもうちょい女子との距離感考えてくれないかな……いつか女の子に刺されるよ……」












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