第8話

「あはは、それでどうなったわけ?」


昨日の父とのやりとりを教室で話せば、ヂアミールは腹を抱えて大笑いだ。

朝の教室は授業前ということもあり、それなりの生徒がいてにぎやかだ。にもかかわらず彼の笑い声が響き渡る。


そんなに笑うことか、とミリシャはむくれた。

エムもミリシャの隣でむっつりとしている。拗ねているのは間違いがない。


「元凶を喜ばせるつもりはなかったんですけど?」

「ごめんごめん、でもミリシャのお父上は面白い方だね」

「人の父を面白い評価もどうかと?」

「あはは。昨日すぐに父上に頼んで出してもらったんだ。早い方がいいと思ってね。魔法鳥の特急便だから確実に届いたとは思っていたけれど。公爵家からの求婚状にそんな反応がかえってくるとはねえ」

「有難迷惑って言葉はご存じでしょう?」


家柄も容姿もよいとくれば優良物件として婚活市場をさぞ賑わしていたのだろう。

そんな彼らだから自信があるのは結構なことだ。

ぜひともミリシャ以外の相手にムーブをかましてほしい。


「そんなことはどうでもいい。いつにするんだ?」

「な、なにをでしょうか……?」


ヂアミールの横で押し黙っていたアーティクトが、真面目な顔でミリシャを見つめてきた。だが真剣な様子のわりに、言葉が足りないためミリシャには伝わらない。

アーティクトのかわりにヂアミールが答えた。


「婚約式でしょう? 両家の顔合わせだよ」

「ですから、お断りを――」

「無理だという結論になったんじゃなかった?」

「どこをどう聞いて、その解釈になったのですか?」


ミリシャが目を瞬けば、アーティクトはふんと鼻を鳴らして一蹴し、ヂアミールが苦笑した。


「無理じゃないかな。父上はたいそう乗り気だったよ」

「うちのお父様は断固拒否の姿勢でしたが……」


頭から火を噴く勢いで怒っていた父を思い出しながら言えば、ヂアミールが首を横に振った。

なぜか気の毒そうな顔をされたので、不安になる。

彼がそんな顔をするのを初めて見た気がしたからだ。


「僕たちの父と君のお父上とは学園時代の同級生だと聞いた?」

「え、ええ……」


あまり接点はないようだったが、同級生であることは話していた。

それ以外に何かあるのだろうか。

いや、ありそうだった。青い顔をして震えていた父は公爵に何をしたのかと不安になったものだ。

まさか、それが関係しているのか?


「それでね、君のお父上に、僕たちの父はこっぴどく振られたそうだよ?」

「え? それはどういう……??」


あの父に、公爵が振られた?

それはどういうことだ。公爵が父に惚れていたということ?

公爵夫人がたぐいまれない美女であることは、目の前の双子を見ていれば簡単に察することができる。公爵本人にも似ているだろうが、双子はタイプの異なる美形だ。つまり、両親のそれぞれの良さを受け継いだとしても、彼らの親がかなり顔が整っているのは間違いがない。


たぬきに似ているあの朴訥とした父に、公爵夫人に勝てる要素など僅かもないと思うのだけれど。


公爵は父に懸想したというのか? 

理解に苦しんでいると、ヂアミールが正解を教えてくれた。


「側近として一緒に外相で働かないかって誘ったんだってさ。うちの父に目をかけられていたってことは、相当優秀だったんだろうね。けれど君のお父上は恋人と離れることを嫌がって国内の仕事に固執したって話だ。あまりにあっさりと断られて多少意地になって、卒業まで嫌がらせしたとか言っていたけれど」


母を溺愛している父なら選びそうなことだとミリシャは納得した。

つまりそれを公爵はいまだに恨みに思っていて、今回のことは引き下がるつもりはないということか。


朝に城に行って公爵に直接話をつけてくると息巻いていた父を思い浮かべて、ミリシャは笑うしかない。


「これでわかったかな。この婚約は絶対に結ばれるってわけだ」

「でもお二人とですか?」


逃げられないことはわかった。

とりあえず今は受け入れて、未来に期待するしかない。

だが求婚状は二通届いていたのだ。そのことに関してはどうなっているのだろう。

基本的に王国で婚約者が二人いるというのは聞いたことがない。そもそも一夫一妻制だ。不誠実極まりない。


「それはこちらの事情だから、君が気にすることじゃないかな」

「当事者にも明かせない、と?」

「ヂアが下りればいい」


ミリシャが尋ねれば、アーティクトが口を挟んだ。


「それはしないって。まあ、おいおいミリシャには説明するよ。我が家のちょっと特殊な事情があるんだけど、簡単には明かせなくて……」

「いえ、むしろ永遠に聞きたくないです。というか、かかわりたくないです。このまま何の縁も結ばないようにしましょう」


結構です、と何度断っていると思っているのか。

ミリシャが首を横に振れば、ヂアミールが苦笑した。

どうやらこの婚約話の件はおしまいということらしい。


「それより迷惑をかけたってことだよね。お詫びとして授業を一緒に受けないかい」

「昨日お話されていた、特別授業ですか?」

「そうそう」


ヂアミールが得意げに胸を張った。


「なんと今日、今から早速受けられることになったんだ!」

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