僕(じゃない人)が幸せにします。
暇魷フミユキ
1-1僕の悩みと隣席の女子 ☆
僕は悩んでいる。
「
右隣の席の小柄な女子が僕の名字を呼んだきり、こちらには目もくれず左手を差し出してきていることに、ではなく。
……いやどうかな。この僕の扱いは是非改めていただきたいと常日頃から
「早く」
左手はスナップを利かせ二度ほど招くように動いた。
この女子、
草壁は大抵の授業をうつらうつら過ごしているのでその内容など見てもいないし聞いてもいない。結果として授業の記録も残していなければ、一度も開かれたことがなさそうな教科書で勉強することは困難だろう。
僕は渋々ノートをその左手へ差し出すと、
「ありがと」
流すように言われた。
いつも思っていたのは、こうして貸りることに草壁が頼っていては、結果として不利益になるのではないかということ。
常態化してしまって言い出せずにいたけど、今こそここで問い質すべきかもしれない。
「今日も朝から疲れてるの?」
「そうだよ? 君島と違って電車通学大変なんだから。昨日バイトだったし」
だから寝てしまう。というのは納得できなくもないけど、同じような境遇ながら授業は聴いていたり自力で補っていたりする人もいると思う。
「だからってなんでここまで僕とかに頼ろうとするの?」
途端に必死な様子でこちらを向いた。
「な、なんだっていいでしょ!」
「聞かせてもらってもいいと思ったんだけどな……」
何かを言おうにも言えない、正にぐうの音もでないといった様子のまま、僕はその瞳の大きなつり目で睨みつけられた。
かなり気まずい……。
「ごめん。僕に頼るのは良いとしても、もう少し授業を受けてもらいたくて」
僕の咄嗟の説得は逆効果だった。
草壁のこめかみに力が入っていた。一応笑顔を作ってはいるけど、怒りを抑えていることは明らかだった。
「何? うちの親か何か? 夜は早く寝ろとか言いたいわけ?」
「いや、ごめん! 教科書だけ読んで理解できるようになれれば一番良いんじゃないかな!」
「じゃあその方法教えてくれるの?」
「無茶言ってすみません。そこも自分で頑張ってください」
「だったらノート貸してもらうから。君島にとってもそれが一番楽でしょ」
ああ、気を遣っているつもりだったんですね……。
「なら、短くても質のいい眠りができればいいんじゃないかな」
「何それ? どうすればいいの? また『自分で考えろ』?」
「そうだね……枕を買うとか? これで解決するなら買うけど」
「い、いいって! そんな、買ってもらうとか……」
言葉では断られたが、再び机の方へ向き直り、ショートヘアの間から見えた耳は赤くなっていた。
そんなところ見せられるとこっちも困ってしまう。
僕は調子に乗ったことを言ってしまったと思うと同時に、僕の悩みがより確かなものになったと感じた。
何か試している気分になっていたたまれなくなっていたところで、草壁が口を開いた。
「君島は、何かうちにしてほしいこととか無いの?」
「え? 寝てほしいかな」
今度は瞳だけが勢い良くこちらに向けられた。
「寝る……とか……」
目の前の横顔がより紅潮していく。
それを見た僕は勘づいた。
「なんで!? 違うって! そういうことじゃないよ!?」
「何が!? こっちだってそういうことじゃないし! 君島はなんか見返りとか欲しくないのってこと! 今はちょっと高いコーヒーに替えるぐらいしかできないし!」
「だから自分のことを少しでも自分でできるように、ちゃんと寝たり勉強したりしてほしいのが一番なんだけどな……」
「それは無理って言ってるじゃん」
「というか、僕のコーヒー替えてるの?」
草壁のアルバイト先は僕がよく行く喫茶店でもある。だからそこでも顔を合わせることもあるし、確かにコーヒーを頼むけど、そんなことをしていたとは……。
「迷惑なの?」
「いや、そういうことは言ってよ」
「言わなきゃ分からなかった?」
…………。
違いの分からない男でごめん。
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