第3話 従魔契約


「ふふんっ。地獄を追放されてすぐ、こんなに良い人間に出会えるとは思わなかったな」


 突然俺の目の前に現れた黒色の子犬は、上機嫌そうに尻尾をフリフリとさせていながら、鼻を鳴らしていた。


 子犬が人間の言葉を話している?


「さぁ、さっそく契約をするぞ。人間」


 その魔物は俺の脚に前足を乗せて、俺を見上げた。


 へっ、へっと犬のような息遣いをしてはいるが、契約ということは魔物なのかもしれない。


 犬みたいな魔物……ハイウルフという狼型の魔物子どもか?


 そういえば、この魔物は自分のことケルベロスとか言っていたっけ?


 ケルベロスって、頭が三つある神話の恐ろしい怪物だったよな?


 そう考えながら目の間にいる魔物? に目をくれると、小さくクゥンと鳴いていた。


 どう見ても危険な魔物には見えない。


 魔物かどうかも怪しいくらいで、人に害を与えるような存在に見えない。


 ケルベロスというのは、前の飼い主がこの子に付けた名前かな?


 俺は落ちてきた崖を見上げてから、周辺をきょろきょろと見た。


 ……ここから一人で街まで帰るのは無理だよね。


 それなら、相棒がいてくれた方が心強い。


 二人で頑張れば、街まで帰ることもできるかもしれないし。


 そう思った俺は、尻尾を振っている小さな魔物を見て言葉を続ける。


「契約って、俺魔物と契約なんてしたことないんだけど」


「むむっ、そうなのか。まぁ、古代魔法が使えるのなら、従魔契約など簡単だろう。さくっと頼むぞ」


「古代魔法?」


 小さな魔物はそう言うと、俺の脚から前足を下ろしてちょこんとお座りをした。


 じっとこちらを見上げているのは、早く契約を済ませろという意味だろうか?


 というか、今この魔物古代魔法がどうとか言った?


 古代魔法というのは、絶滅したと言われている魔法のこと。


 古代魔法は威力が非常に強いことで有名だが、消費する魔力が多いことや、使える者が限りなく少ない。


徐々に継承者もいなくなってしまい、今では物語の中に出てくるだけの魔法になってしまっている。


今は多くの人が使える現代魔法が主だし、俺がそんな魔法を使えるはずがない。


 聞き間違いかな?


 そう考えながら、俺は目の間にいる魔物をじっと見る。


……従魔契約なんてやったことはないけど。このくらい小柄な魔物ならできるかな?


 従魔契約というのは、魔法で魔物と契約することで、魔物に命令を聞かせることができる魔法だ。


 いちおう、やり方くらいは知っているし試すだけ試してみてもいいか。


 失敗しないことを強く祈って、やってみよう。


 俺は期待の眼差しを向けている小さな魔物に手のひらを向けると、魔力を体の中で練った。


「『従魔契約』。汝、我が契約の元に従属することを誓うか?」


 バンッ!


 俺が契約魔法を唱えると、突然俺と小さな魔物を囲うように大きな黒色の魔法陣が現れた。


 ゆらっと空気中にも黒色の炎が揺らいで、どことなく禍々しい雰囲気がある。


「な、なんだこれ?」


 契約魔法って、こんな悪魔を呼ぶような感じの雰囲気のものではないはず。


 もしかして、普通じゃ失敗しないような、ひどい失敗をしていたりするのかな?


 でも、魔法陣が出たってことは失敗ではない、よな?


 俺が目の前の事態に困惑していると、小さな魔物がきゃんっと吠えてから尻尾を振る。


「もちろん! 誓おう」


 その瞬間、カッと眩い光が俺とその魔物を包んだ。


 あまりの眩しさに俺は目を強くつむる。


 何だこの光はっ!


 しばらく経って光が収まってから目を開けると、そこには上機嫌な小さな魔物がいるだけだった。


いつの間にか地面に描かれていた魔法陣も消えている。


「な、なんだったんだ?」


「ふむ! さすがだな! 一度で成功するとは」


 え? 成功?


 ……俺が、従魔契約を成功させたのか


 思いもしなかった事態にポカンとしていると、目の前の小さな魔物がちょいちょいっと前足を招き猫のように動かしていた。


「ささっ、早く名前を付けくれ!」


「名前って……」


 自分のこと、ケルベロスって名乗ってなかったっけ?


 そう思いながらも、従魔契約をしたときは名前を付けるだっけと思い出して、俺は少しだけ考える。


「じゃあ、ケルって言うのはどうだ?」


 安直すぎるかもしれないが、急に言われても良い名前なんて思いつかない。


 ケルベロスって名前を気に入っているみたいだし、その頭文字から取って名付けてみた。


 嫌がるかもと思ったが、思いの外その名前を気に入ったのか、可愛らしく尻尾をパタパタと動かしている。


「おおっ! いいな。それじゃあ、よろしく頼むぞ、えっと……」


「ソータだ。よろしく頼むよ、ケル」


 なんとか二人で協力して、街まで戻ろうな。


 パーティのお荷物の俺と、まだまだ幼い魔物が一匹。


 魔物が出る道を通りながら帰還をするのは、きっと無理だろうな。


 そう考えながらも、無邪気なケルの笑顔を前に俺は口元を緩めるのだった。




 このとき俺は知らなかった。いや、信じていなかった。


 ケルが初めに言った通り、俺が古代魔法の使い手であることも、ケルが本当のケルベロスだったってことも。


 多分、俺じゃなくても信じなかっただろう。


 だって、ケルは誰がどう見てもただの黒い小型犬にしか見えないのだから。




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