狐野妖香さんの配信




 僕には一人の妹がいる。名前は雪菜。僕の唯一の妹であり、大切な家族だ。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と非の打ちどころのない自慢の妹である。性格は明るく社交的。誰からも好かれる優しい人だ。いつもニコニコしていて、笑顔を絶やさない。僕が困っている時にはすぐに駆けつけてくれる、そんな心根の良い子でもある。


 そんな完璧とも言える妹に一つ欠点があるとすれば、それはピンチに弱いことだろうか。今回もきっとその弱点が出てしまっているに違いない。


 ……僕は慌てて部屋を飛び出して階段を駆け下りてキッチンを目指し、急いでお湯を沸かす。手ごろな茶葉を選び、ティーポットの中に入れお茶を作る。そして、それをもって妹の部屋に向かう。


「雪菜、大丈夫?」

「どうしようどうしよう……あっ、お姉ちゃん」


 扉を開けると、そこには下着姿のまま部屋の中をぐるぐる回っている雪菜がいた。……正直、目のやり場に困ってしまう。なるべく見ないように注意しながら話しかける。


「はい、これ飲んで落ち着いて。心が落ち着くハーブティだよ」

「う、うん。ありがと……」


 カップに入った紅茶を手渡すと、雪菜はそれをゆっくりと飲み始めた。その様子を横目に見ながら、自分も椅子に座ってお茶を飲むことにする。……うん、美味しい。


 雪菜はピンチになると、パニックになって何をするか分からない状態になる事がある。普段はこんな事はないのだけれど、どうしてもダメな時があってそういう時は大抵こうやって奇行を繰り返す。……いつもみたいに、僕のハーブティで落ち着きを取り戻してくれればいいけれど。


「……はっ。そうだ、いまするべきは事務所への謝罪。服を早く着て連絡しないと。そしてその後はSNSに……」

「事務所?」

 

 雪菜は慌ただしく動き始める。だが、その言葉を聞いて思わず首を傾げてしまう。一体何の事を言っているのだろうか? 事務所とはいったい?


「あっ、お姉ちゃん。今のは何でもないからね。気にしないでね。」


 よっぽど焦っていたのか、誤魔化すように笑みを浮かべてそう言う。


「そっか。ならいいけど」


 僕はそれ以上追及する事はせず、黙って再びお茶を口に含む。……うん、やっぱり美味しい。妹は落ち着いたし、今ので僕のお茶も飲み終えてしまった。これ以上僕がここに居る必要はないので、お暇することにしようかな。


「じゃあ、僕は戻るよ。……頑張ってね、雪菜」

「うん、ありがと。お姉ちゃん」


 挨拶をして部屋を出る。……さて、動画の方針について考えようか。僕は自分の部屋に戻って色々と考えてみることにした。









 う~ん、どうしよう。次はどんな動画にすれば良いんだろう。やっぱり今回紹介できなかったのゲームの動画を出すべきなのかな。でも、それだとなんかピンとこない。…………あっ、そうだ。


 僕は『Youtuberになるための10の心得』というサイトに書かれていたことを思い出す。


 『4.Youtuberたるもの話題に敏感になれ』


 確か、こんな事が描かれていた気がする。僕の動画ではYoutuberを管理する「アニマリ」という企業と、それに属する「狐野妖香」さんが話題になっていた。もしかしたら、僕はそれらについて知る必要があるかもしれない! 早速僕はパソコンに向かって検索を始める。そして、しばらくマウスを動かしていると、とあるページを見つけた。


 【狐野妖香】初めまして。新人Vtuberの狐野妖香です【アニマリ】


 どうやら、これから狐野妖香さんの動画が始まるらしい。ちょうど良かった。今のうちに見ておかないとね! 再生ボタンをクリックすると、画面が切り替わり、一人の女の子が現れる。彼女は僕と同じで初配信をしているようだ。少しだけ気になったので音量を上げてみる。



「あの、皆さん。遅刻して本当にごめんなさい。私、寝坊して配信に遅れちゃったんです…………本当は熊野御堂さんの次の時間に続けて配信する予定だったんですよね。みんなもそれを期待していたはずです。ご期待に沿えず申し訳ありません……」


 申し訳なさそうな顔で謝る彼女。……あっ、この人も僕と同じで、イラストを使って配信している。耳が付いていて、和服っぽい服を着ている。髪の色は茶色だけど、瞳の色だけは金色に輝いていた。……なんだろう、凄く不思議な感じの子だなぁ。あと、声可愛い。どこかで聞いたことがあるような気がするけれど。


「あっ、もうチャンネル登録者が4万人もいる……そんなに多くの人の期待を背負っているというのにこんななんて。あっ、すみません。配信中なのに……つい独り言が」


 画面に映っている彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめる。その様子はとても可愛くて、見ているだけで癒される。



 コメント


・大丈夫だよ

・全然気にすることないよ

・むしろ俺らの方が楽しみにしてました

・次も楽しみにしているよ

・寝坊してくれたおかげでまきちゃんと出会えたし、感謝しているよ

・むしろ俺らの為に時間割いてくれたんでしょ



 コメントも彼女に対して好意的なものばかり。……うん、きっと大丈夫そうだね。僕は安心して動画を見続けることにした。


「ありがとうございます。みなさん、優しいですね。期待にこたえるよう、私もしっかりしなくちゃ」


 嬉しそうに微笑む彼女。その笑顔を見た僕は胸を打たれる。……なにこれ、めっちゃかわいい。それに、なんだかすごく守ってあげたくなるオーラを感じる。よし、決めた。この子のファンになりたい。僕はそう心に誓う。……そう、思った時だった。



「ずぅーず。……皆さん、ごきげんよう。私はアニマリ神社を守護させていただいている狐神『狐野妖香』と申します。あなた達供物共に満足してもらえるような活動をしていきたいと思っていますわ」


 急に狐野妖香さんの雰囲気が変わった。……えっ? なに今の?



 コメント


・配信中に蕎麦をすするな

・お嬢様言葉が似合わない

・雰囲気変わったw

・口調まで変わって草

・違和感しかない

・キャラ崩壊しすぎ



「蕎麦なんてすすっていませんよ。少々ハーブティを堪能してまして。心が落ち着くのですよ」

 

 おほほっと上品に笑う狐野妖香さん。……ハーブティ? なんかちょっと心当たりあるんだけれど。



 コメント

・あっ・・・(察し)

・大丈夫?運営に消されない?

・これはハーブキメてますね

・だから途中でキャラが変わっちゃったんだ

・ハーブティ=禁止薬物みたいな風潮やめてもろて

・最初の可愛い妖香ちゃんはどこにいったんですかねぇ



「ちょっと、皆さんっ。私が堪能しているハーブティは極めて健全ですわよ。なぜならば、私のお姉さまが作ってくれたのですから。私のお姉さまは、とても素晴らしい方なのですよ。それはもう、この世で一番と言ってもいいくらいの」


 狐野妖香さんが誇らしげに言う。……ん? 今、「お姉さま」って言ったよね。……でも、まさかね。



 コメント

・お姉ちゃん自慢はいいから

・お姉さまはNGワード

・お姉さまと聞いて

・百合姉妹かな?

・いいぞもっとやれ

・お姉さまって誰なんだろう?



 

 コメント

・ヤクではなくお姉さまキメてたのか

・ハーブティー健全説

・でも、ハーブティーが薬物じゃなかったってことは……

・どうしてすぐに闇落ちしてしまったんだ……

・最初はあんなに純粋だったのに……



「……うじうじと泣いてみっともない配信をするのは、私を起用して下さったアニマリ様やあなたたち供物共に申し訳ありませんもの。寝坊で迷惑をかけた分、しっかりとキャラを演じて挽回したいと思っているのですわ」


 狐野妖香さんはそう言って再び微笑む。



コメント


・……キャラを演じるって言っちゃったよこの人

・夢が、壊れる音がした

・うそだろ……おい……

・俺らが望んでいるのは純粋な妖香ちゃんなんだ……

・これが本当の姿なんだよなぁ



「……ふぅ。これでようやく落ち着きました。では、改めて自己紹介をさせていただきますね。私はアニマリ神社を守護させていただいている狐神『狐野妖香』と申します。供物共、これからよろしくお願いしますわ」




・お嬢様言葉は草

・やっぱり薬やってんじゃねえか!

・ハーブティの次はコーヒー飲んでたりして

・供物共w

・もう普通に喋りなよ



「お嬢様言葉の方が可愛いでしょう? それに、私にはこちらの方が性に合っているんですもの。……まあ、少し疲れますけれど」



・素直でよろしい

・確かにこっちの方が好きかも

・キャラ作りとか面倒くさそう

・声も綺麗だし、頑張っているんじゃないかと思う


「そう言っていただけると嬉しいですね。ところで、皆さんはアニマリ神社にどんなご利益があるかご存知でしょうか?」



・知らない

・知るわけがない

・恋愛成就?

・健康祈願?

・金運アップじゃない?

・交通安全かな



「残念ながら、どれも違いますわ。正解はですね…………えっ、配信終了の時間?  契約の関係上これ以上配信を続けると不都合が生じる?…………ごめんなさい。神社から配信を終えるよう連絡が来てしまいました」



・寝坊しちゃったからな、仕方ないね

・多分、今回の寝坊でアニマリに携わる多くの団体に迷惑をかけてしまったんじゃないか

・契約の関係上?

・あっ・・・(察し)

・【悲報】狐野妖香、アニマリの機密情報をうっかり口にしてしまう

・えっ、もしかしてこれマズくないか?



「では、皆さんごきげんよう。またお会いしましょうね」


 狐野妖香さんがそう言い残して配信を終了させる。僕はその画面をしばらく見つめていた。



・最後にやばいのが来ちゃったな

・最初の三人がまともだったからすっかり気を抜いてしまっていた

・大どんでん返し

・これもう2期生じゃなくて1期生だろ

・あの混沌勢の中に混ぜても違和感ないな

・ハーブ、お姉さま、機密情報……ネタが尽きないな




 狐野妖香さんのチャンネル登録者数が一気に伸びる。そして、それに比例するかのように僕のチャンネルの登録者も増えていった。


 本当に、何なんだろう。どうして僕の動画は彼女の動画に影響を受けているのだろうか。内容的にはあまり関係ないと思うんだけれど。……でも、彼女の動画面白かったな。予想を裏切ってくれた感じ。


 ……そうだ、今こそが話題に乗っかるチャンス! 動画内で彼女のことについて話すことが出来れば、視聴者さん達と一体感を感じることが出来るはず。よし、そうと決まれば早速準備を始めないと。


「えっと、まずはSNSで許可を取らないと……」


 僕はスマホを操作し、とあるアプリを開く。そこから狐野妖香さんのアカウントに接続してDMメールを送ることにした



 まきチャンネル

・すみません。私の動画で妖香さんのことについて話したいんですけれど、許可をいただけますか?


 狐野妖香@アニマリ

・あの、どちら様ですか?



 ……そういえば、彼女は僕の事知らないじゃん。いきなり連絡されても困っちゃうよね。

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