二十七話 閻魔様の想い


「何――――っ!?」



 突然茜と葵が眩い光に包まれて、そのあまりの眩しさに思わず手で目を覆う。

 だが光は本当にほんの一瞬だけだったようで、すぐさま収まり、わたしはホッと目を開いた。



「え」



 しかし、異変は突然の光だけでは終わらなかったのである。



「え、え、えええええっ!!? 茜、葵!? な、なんか……、姿、が…………」



 わたしはプルプル震える指先で二匹を指す。

 目の前の光景に二の句が継げず、口をパクパクさせてるわたしの目の前には、およそ十四、五くらいの赤毛と青毛の人間の姿をした少年・・・・・・が二人立っていたのだ。



「ど、どうして……」



 まだ幼さを残しながらも精悍な顔つきをした二人の頭上には、見慣れた一本角がキラリと光る。

 間違いない。彼らは茜と葵だ。

 だけど一体どうなってこうなったのか??

 二人は閻魔様と同じそれぞれ赤と青の道服を身にまとっていて、凛と着こなすその姿は既に立派な冥土の裁判官に見えた。



「「閻魔様、それでは我々は裁判に行って参ります」」



 とんでもない状況に頭が混乱するわたし。

 そんなわたしの様子に茜と葵はチラリとこちらへと視線を向けるが、しかし何も言わず閻魔様に片膝で礼をしたと思うと一瞬で消え去ってしまう。



「へぇっ!? 今度は茜と葵の姿が突然消えたわ!?」


「高速移動の妖術だね。小鬼から成体の鬼になったことで、格段と能力も上がったんだ。今頃はもう裁判所だろう」


「よ、〝ようじゅつ〟? だからその妖術って、一体なんなの!? というか成体ってことは、あの子たちが大人になったってこと……? なんか語尾まで消えてたし」


「人間と違い、あやかしの類いは心の在り様でどんな姿にでも変化する。今の姿は茜と葵の心をそのまま映した姿と言えるだろうな」


「心……」



 つまりあの子たちの〝閻魔様の役に立ちたい〟という想いが、二匹をあの姿に変えたということだろうか?



「んー……、そっか」



 まだ頭は混乱しているが、なんとか状況は理解出来た。

 あのちょっとウザいくらいだった語尾と、二頭身のゆるふわマスコット体型にもう会えないのかと思うと正直寂しい。

 でもそれと同じくらい、なんだか誇らしくて嬉しい気持ちが湧き上がってくる。



「ありがとう、閻魔様。あの子たちの想い、受け止めてくれて」


「いや……。桃花、私は礼を言われるようなことは何もしていない」


「え?」


「私は桃花に言われるまで、ずっと茜と葵を未熟なのだと決めつけていた。……それはあの子たちだけじゃない。かつてこの冥土にいたどの眷属達のことも未熟なのだと、こんな重責を担わせられないと切り捨てて、向き合おうとしてこなかった」


「…………」



 かつて宮殿にはたくさんの眷属達がいた。

 でもいつしかみんな、閻魔様の元から離れてしまった。

 きっとそれは閻魔様を憎いとか、恨んでとかじゃない。眷属達は無力感でいっぱいだったんじゃないのかな?


 一人で後悔も苦しみも全部背負いこんでしまう閻魔様に、何もしてあげられなかったことが。



「けれどそれは間違いだった。重過ぎる役目に潰されないかと案じていたが、あの子たちはそれを承知で私と共にその重責を分かち合おうとしていたのだな」


「そうね。あの子たちは裁判に携われなくとも、任せらた仕事は完璧にこなしていたわ。宮殿がこんなにも綺麗に保たれているのも、あの子たちが毎日頑張っているから。いつか閻魔様が認めてくれるって、信じていたからよ」


「ああ。――しかし」


「?」



 そこで閻魔様は言葉を切って、じっとわたしを見た。

 熱のせいかその紅い瞳は潤んでいて、なんだか妙な色気を感じ、ドキドキする。



「な、何?」


「それでも以前のあの子たちならば、私の意に背くような行動を取ることは決してなかっただろう。……それを変えたのは、桃花なのだろうね」


「え……」



 意外なことを言われて、目を見開く。


 わたしが、茜と葵を変えた……?



「い……いやいや、そんな! 確かにさっきはちょっと発破はかけたけど、でもそれだけよ?」



 慌ててプルプルと首を横に振れば、それを見た閻魔様がクスリと笑う。



「思えば桃花が冥土に来た時から始まっていたのかも知れない。あの子たちは桃花の何に対しても物怖じせず素直にぶつかっていく、そんな心を見ていたのだろうね。それがあの子たちを覚醒へと促した」


「わたしの心……? そんなこと考えたこともなかったわ、だってわたしはただご飯を作っていただけだもの」


「ふふ、桃花はそれでいいんだよ」



 そう言って閻魔様はわたしの頭を優しく撫でようとし、しかしその体がぐらりと揺れた。



「……っ、閻魔様!?」



 わたしは慌ててその体を支え、羽織っていた道服を脱がせて布団の中へと入れてやる。

 高熱にも関わらずピンと張りつめた空気の中で、茜と葵に相対していたのだ。二人がいなくなり、緊張の糸が一気に緩んだのだろう。

 大事な道服は綺麗にたたんで箪笥にしまい、外れていた氷嚢を額に乗せてあげると、閻魔様が申し訳なさそうに眉を下げた。



「……すまない、桃花」


「いいのよ。言ったでしょ? 病人は寝るのが仕事なの。今の閻魔様のお仕事は寝ることよ。だから早く寝て元気になって」


「ふふ、そうか、私の仕事は寝ることか……。裁判以外が仕事になるとは、なんだか新鮮な気持ちだ」



 寝入りやすいようにぽんぽんと布団を優しく叩けば、閻魔様はクスクスとなんだか楽しそうに笑いだした。



「笑ってどうしたの?」


「いや、あの時・・・の言葉の通り、私は寂しくなくなったのだなと思うと、なんだか笑いたくなってしまった」


「?? あの時・・・……? それって閻魔様の思い出話? 誰に言われたの?」


「ふふふ」



 言っている意味が分からず再度問いかけるが、閻魔様は相変わらず楽しそうに笑うだけで、答えは教えてくれないようだ。

 そうしてひときしり笑ったあと、やはり疲労が溜まっていたのだろう。閻魔様はすぐに静かに寝入ってしまった。



寂しく・・・なくなった・・・・・……か」



 先ほどの閻魔様の言葉を呟いて、その穏やかな寝顔を見つめる。



「閻魔様は……」



 想像でしかないけど、きっとずっと気の遠くなるような時をたった一人、気を張って過ごしてきた。

 眷属達を未熟と切り捨てたのも、茜と葵に突き放したような態度を取ったのも、彼らを大事に思うが故。

 重責を眷属達に負わせたくなかった閻魔様と、重責を閻魔様と一緒に担いたかった眷属達。どちらも互いを思いやっているだけなのに、それが伝わらないまま、悲しいすれ違いが起きてしまった。



『……お父さん、お母さん、お腹空いた』



 苦しい時、悲しい時に誰にも頼れない辛さは、わたしにもよく分かる。



『一番多く閻魔様の裁判を見てきた我らをどうか信じてください!!』



 だからさっきの茜と葵の言葉、閻魔様は本当に嬉しかっただろうな。

 そしてようやく二人は本当に本来の眷属としてのお役目を果たせるのだ。よかったと心から思う。



「――さて、みんな頑張っているんだし、わたしもわたしに出来ることをしなきゃ。そうよね?」



 くすりと笑って、わたしは安心したように穏やかな表情で眠る閻魔様の額の角を優しく撫でた。


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