六品目 卵がゆ
二十四話 近づく記憶の影
いつものようにわたしは夢を見る。
「ここはどこなの? あなたは誰?」
――あれ? でも今日の夢は昨日見た夢と違う。
ここは見慣れたあの真っ暗な部屋ではない。朱色の柱が幾重にも建つ広い空間に、小さなわたしがポツンと立っていて、その目は真っ直ぐに一点を見つめている。
――――?
その視線を辿ると、玉座のような椅子に藤色の道服を着た、端正な顔立ちの長い銀髪の男性が座っていた。
「ねぇ、ここはどこ? あなたは誰?」
小さなわたしはこの男性に問いかけていたのだ。
あれ、でもこの場所って。それにこの男性は……。
「ようこそ、小さなお嬢さん。ここは冥土の裁判所。死者たちが生前の行いを裁かれる最後の場所だよ」
「ししゃ? 死んだ人のこと? じゃあわたしは死んじゃったの……?」
男性に告げられた言葉に、小さなわたしは大きく目を見開き、俯く。そしてそのまま黙り込んでしまった。
「怖いかい?」
「こわい? ……ううん、怖くないよ。真っ暗で、お腹が空いて、独りぼっちで……。そっちの方がずっと怖かったから」
「…………」
「……でも、やっぱり怖いのかな? だってもうお母さんとお父さんには会えないんでしょ?」
そう呟いて、小さなわたしの目からは涙がポロリと零れた。
「――……」
すると男性はゆらりと玉座から降りて泣いているわたしの前に立ち、そして屈み込んでその小さな頭をそっと撫でた。
「大丈夫、怖がらなくていい。ここは誰も君を傷つけないよ」
「あ……」
そう言った男性の表情は、涙でボヤけて分からない。
――でも、わたしは知っている。
その手の温もりも、見えなくてもどんな表情をしてるかも、全部知っている。
だって、だって
◇◆◇◆◇
「――――閻魔様っ!?」
ガバッと布団から身を起こして辺りを見回す。
……ここはまだ冥土に来て三日だというのにすっかり馴染んでしまった、閻魔様に与えられた宮殿のわたしの部屋。
「はぁ、はぁ……」
バクバクと全力疾走した後のように激しく脈打つ胸を落ち着かせようと、わたしは息を吐く。
「今のって……夢? ううん、ただの〝夢〟じゃない。あれは、わたしの過去の記憶……?」
そういえば閻魔様は、「色んな料理に触れ合い味わうことで、閉じられている君の記憶の扉を開くことが出来る」と言っていた。
もしかして今見た夢こそが、〝記憶の扉を開いた〟ということなのだろうか?
「……? あれ、そうだ閻魔様」
昨晩わたしは早く作った牛乳寒天を食べてほしくて、閻魔様を部屋の前の渡り廊下で待っていた。
なかなか閻魔様は現れなかったが、確かにちゃんと食べてもらったことは覚えている。
「でもその後はどうしたんだっけ? うーん……」
ダメだ、全く思い出せない。
「そもそも茜と葵はどこへ行ったのかしら? 昨晩このベッドに間違いなく運んだわよね? もう起きて掃除してるのかしら?」
キョロキョロと周囲を見渡し、首を捻る。その際鏡にボサボサの自分の姿が見えた。
「とりあえず着替えなきゃ……」
ぴょんぴょんと跳ねている髪を手で押さえて、ベッドから起き上がる。
「ん?」
そこでふと机を見れば、牛乳寒天を盛り付けていた空の器が置かれているのに気づいた。……その隣には何やら手紙も。
「これ……」
手紙は柔らかで優しい流暢な字で綴られていて、すぐにこれを書いたのが閻魔様だと分かった。
『牛乳寒天とても美味しかった。昨晩は遅くまで起きていて辛かっただろう。話している途中ですっかり寝入っていたから、布団に運ばせてもらった。今日はゆっくり休みなさい。屋敷のことは無理せず茜と葵に任せれば良いからね』
――そして、わたしが何故ベッドで寝ていたのかの理由も……。
「そっ、そうだわ、わたし!! 昨日あのまま渡り廊下で眠りこけちゃって、閻魔様にここまで運ばれたんだっ!!」
未だ寝ぼけていた頭が一気に覚醒し、昨晩の記憶が蘇ってくる。
閻魔様に運ばせるとか、なんという失態! 鏡に映る自分の顔が葵の肌よりも青い。
「わたしのバカ、ただでさえ多忙な閻魔様の手を余計に煩わせてどうするのよ……」
少しでも閻魔様の助けになりたいと思っての昨晩の行動だったのに、逆に気を遣われてしまった。それが恥ずかしいし、情けない。
眠くなってそのまま寝ちゃうなんて、子ども扱いしてた茜と葵と変わらないじゃないか。
「もし閻魔様もわたしのこと子どもだって思っていたとしたら……、なんか嫌だな」
手紙をぎゅっと胸に抱いて、溜息をつく。
「なんて、わたし何言ってんだか。けど閻魔様ってば、わたしにちょっと夜更かししただけでゆっくり休めだなんて甘すぎじゃない? 閻魔様の方がよっぽど忙しいんだから、もっと自分を労わったらいいのに……」
大変な癖に。こんな手紙までわざわざ書いて。
今頃はもう裁判所なのだろうか?
「……でも牛乳寒天、美味しいって全部食べてくれたわ」
少しは閻魔様の神力とやらは回復したのだろうか? もっと必要ならまたたくさん作ればいい? それとも他の料理も手軽でつるっとしたものなら食べてくれたりするかしら? 何を作ったら食べてくれるかな?
「うーん」
あれこれ考えながら
「「桃花ぁーーっ!! 桃花、桃花ぁーーーーっっ!!!」」
「!?」
ドタバタとこちらに向かって走ってくる大きな音が渡り廊下から響き、それに驚く間もなく、スパーン! とんでもない勢いで
「桃花!! 桃花!! 大変なんだアカ!!」
「茜に葵!? ちょっ、今着替え中よ!!」
「そんなどころじゃないんだアオ!!」
「ど、どうしたのよ一体、そんな慌てて……。ていうかアンタたち、やっぱり先に起きていたのね?」
慌ててワンピースを着て二匹に近づけば、茜と葵は目にいっぱいの涙を浮かべているのに気づいてわたしは言葉を失う。
「何……? 何があったの?」
「も、桃花かぁ」
しゃがんで二匹の背中をそっと撫でてやると、茜と葵が涙を手で拭って、わたしにすがりついた。
「「閻魔様が……! 閻魔様がお倒れになったんだアカ(アオ)!!」」
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