六話 冥土の不思議な台所
「「オイラたちは塩むすび以外作れないから、お前が飯を作れアカ(アオ)!!」」
「わ、わたしがご飯を作る……?」
何をいきなり藪から棒に。
そう言いたいが、小鬼たちの目はマジだ。
ヒクヒクと口元を引き
「そうだアカ! ほらっ! 台所はこっちだアカ!」
「さぁ来いアオ! さぁさぁ!」
「ちょ、ちょっとっ!?」
なんだかおかしなことになった。
ここは冥土で、天国と地獄の間で。
そんな場所でまさかごく普通の人間が料理を作ることになろうとは、誰が想像するだろうか?
「塩むすびじゃ嫌なんだろうアカ!」
「で、でも……」
「ならお前の食事だ、お前が食べたいものをお前が作れ!」
「うう……」
料理なんてわたしに出来るのだろうか?
未知数だが、しかしそれが記憶を取り戻す手段なのだと言うのならば、わたしがやるべきことはひとつしかなかった――……。
◇◆◇◆◇
「――えっ!? 冥土って電気あるの!?」
小鬼たちに案内された宮殿の台所。中に入るなり、わたしは驚きに目を丸くした。
何故なら水道の蛇口がちゃんとあって水が出てくるし、炊飯器やコンロなど、わたしが知る日本の定番家電が全部揃っていたからだ。
てっきり歴史の教科書に載ってるような
「いや、電気はないアカ。これらは全て閻魔様の
「え?」
神力……って、何? 冥土の電気に相当する力ってことなのかしら?
イマイチよく分からないけど、機器の使い方はわたしの知ってる家電と同じみたいでホッとする。
「あっ、冷蔵庫も大っきいやつがちゃんとあるのね! しかもこれサバ!? やだ最高じゃない!!」
台所の奥に鎮座するひときわ目立つ大きな冷蔵庫を開けると、中にはドンっとサバが丸々一匹入っていて、思わずわたしは歓声を上げた。
だってこのサバ、目がキラキラしてる。これは新鮮な証拠だわ。
他にも葉がツヤッツヤなほうれん草に、高級そうな包みに入っているお豆腐まである!
調味料もお醤油にお味噌、お砂糖……。小鬼たちが塩おむすびしか作れないと言う割には、何でもしっかり揃っているではないか!
「ほら小娘。ウキウキするのはいいが、料理するならまずはこれを着けろだアオ」
「ん?? なにこれ?」
青い小鬼から渡されたものを摘まんでピロンと持ち上げる。ひとつは白い、エプロンかな……? で、もうひとつは白い幅広の紐だった。
エプロンは分かるけど、この紐はどうしろと??
「着物をたすき掛けしろと言っているのだアカ」
「袖が汚れるだろアオ」
「え? ああそっか、着物……」
首を捻っていると二匹に呆れたように言われ、やっと言わんとする意味が分かった。板前さんとかがしているあれかぁ。
そういえばわたし、着物の着付けなんて知らないのに何故か白い着物を着ているのよね。まさかこれ、死に装束ってやつなのだろうか?
……いや、そうは考えたくないかも。
浮かんだ嫌な考えを打ち消して、わたしはイメージを頼りに、たすき掛けとやらを試みる。しかし思った以上に難しくて上手く結べない。
「あっ!?」
そうやってモタモタしていたら、紐を赤い小鬼に引ったくられた。
「あーもうっ! 貸せアカ! そしてしゃがめ! なんで人間の小娘は、こんな簡単なことも出来ないのかアカ!」
「すいませんね、着物に馴染みがないもので」
赤い小鬼はぶちぶちと文句を言いつつも、あっという間にたすき掛けとやらをしてくれた。
やっぱり口は悪いが根は優しい。
「ありがとう。あ、あと髪を結ぶものってある? 料理する時に邪魔だし、まとめたいんだけど……」
「あるアオ。ほら、これを使えアオ」
そう言ってどこから取り出したのか、青い小鬼が桃色の組紐を差し出してくる。それを受け取って、わたしは肩の下まである黒髪をひとつに束ねた。
前掛けも腰にギュッと結んで、これで準備完了。
「ありがとう。……えっと、そういえばあなた達の名前って……」
確か閻魔様が彼らの名前を呼んでたが、あの時はいっぱいいっぱいでちゃんと聞いてなかった。
しかしさすがにずっと「あなた」や「アンタ」では不便だ。すると二匹は今更かと言わんばかりにやれやれと首を振った。
「ふぅ……。本来なら人間に名乗ることなどないが、特別に教えてやるアカ! オイラは赤鬼の
「オイラは青鬼の
「ええ、よろしく。そうね、茜と葵。確かに今思えば閻魔様もあなた達をそう呼んでいたわ」
茜と葵。
どちらも見た目にちなんだまんまなネーミングだが、風流で素敵な名前だと思う。
誰が名付けたんだろう? まさか閻魔様?
「そういうお前は〝
「え? なんで知ってるの?」
「それこそさっき、閻魔様がお前をそう呼んでいただろアオ」
「あ、ああ……。そうよね」
――――桃花。
閻魔様はわたしをそう呼んで、わたしもそれがわたしの名なのだと理解していた。
桃花、わたしは桃花。
まだ自分のことを何も思い出せていないけれど、一番大事な名前だけは思い出せた。
もう二度と忘れてしまうことのないように、わたしは何度も何度も心の中で「桃花」と呟いた。
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