自殺計画

大野木

#1 動機

藤野一華ふじのいちかは死にたがっていた。


理由は重要ではない。藤野一華はただ死にたいのだ。

朝目が覚めた時、電車に乗って通学している時、授業を受けている時、帰りのショッピングセンターで化粧品を友人と選んでいる時、彼女は死にたいと思う。


その感情の初めの波は十三才の頃にやってきた。学校が終わり、仲のいい友人と他愛もない話をしながら帰る。友人の家が近づくと「また明日」と手を振って別れる。そんな時に初めて『死にたい』と思った。


それから彼女の毎日は変わった。表面的な日常は変わってはいないけれど、心の内側が変わっていった。何がきっかけかわからないタイミングで、ふと死にたいという感情が芽生える。それを何度も繰り返す。少しずつ、少しずつ、やがてコップの水が溢れるように行動を伴う衝動に駆られ始める。


しかし、一華の生存本能はその行為を許してくれなかった。


腕を切ろうとしても怖い、窓から下を覗き込んでも怖い、父のネクタイをドアに引っ掛けて首に巻いても怖い。死にたいと言う感情に反して、体が言うことを聞いてくれなかった。


インターネットで『死にたい』や『自殺の方法』などで検索すると、検索結果の一番上に『助けが必要な方は』という自殺防止のための電話サービスが表示されるようになっている。


「死ぬための手助けをしてください」と言ったら、電話先の人は優しく手ほどきしてくれるのだろうか。


インターネット・特にソーシャルネットワーキングサービス(SNS)にはそういう人たちが溢れている。挨拶のように『死にたい』という言葉が並ぶ。そんな日常の中で一華は何かのきっかけになればと思い、あるメッセージを投稿した。


『女子高生です。死にたいです。誰か一緒に死んでくれる人いませんか』


それに対して全く面識のない相手から、様々な理由で反応が押し寄せる。


『自殺はいけないよ、生きていればいつかいいことがあるから』

『どうせ死なないだろ。めんどくさいやつ』

『さっさと死んでください』


共感とは程遠いものばかりだが、このような返信が来ることは理解できた。彼女自身、自殺願望を吐露している人がいたとしても、心の中ではこの人たちと同じようなことを思ってしまうだろう。


いくつものエゴが混ぜ込まれた返信の中、ひとつ目を引く文面を見つけた。


『俺も一人で死ぬのが怖いんだ。よかったら一緒に死んでくれる?』


一華は『この人も一人で死ぬのが怖いのだ』と思った。


そのコメントに返信をしてみることにする。


『私、本当に死にたいんです。一緒に死んでくれるって本当ですか?』

『うん、本当だよ。ただ、約束して欲しいことがあるんだ』

『・・わかりました。私ができることなら』


メッセージを送ると、少ししてから返信が来る。

その内容を見た時、一華はその意味をよく理解できなかった。

これから一緒に死ぬ相手に対するメッセージではなかったからだ。


『俺より先に、死なないでほしいんだ』


そのメッセージは今後一緒に自殺試行を繰り返す男の、多少矛盾を孕んだ、切実な願いであった。

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