8 「ダルレー夫人」


ポップコーンとドリンクを買って、映画を観る。


映画は、逆玉で結婚した主人公が妻を殺すところから始まる。


この主人公がマリアの好きな俳優なのだが、そんなことより俺は、妻役の女優を見て背筋が凍った。


俺より10才年上の女優だが、はるか昔に体の関係を持ったことがある。


出会った頃から彼女は芸能活動をしていたが、当時はそんなに売れていなかった。


まさかこんな話題作に出演しているなんて。


彼女は序盤に殺される役だったが、回想シーンで何度も出てきた。


スクリーンに映る度に、俺の胸は苦しくなる。


美しい人だったが、俺は彼女が恐ろしかった。


彼女に惹かれている自分もいたが、離れたいとも思っていた。


最後に会ったのはだいぶ昔だ。


もう何年も会っていないが、今でも俺は彼女が怖い。



「映画どうだった?」



映画が終わって、マリアが俺に感想を聞く。



「え? ああ···まあ」



物語はちゃんと頭の中に入っていたが、女優のこともあって、俺は少しぼんやりしていた。



「寝てた?」


「いや、起きてたよ」


「ふーん」



マリアは少し不機嫌になる。



「あの妻役の女優さん、聖也好きそうだもんね」



俺はどきっとした。


マリアにあの女優とのことは話してない。


俺が自分から話すとも思えない。



「好きそう?」


「うん。大人の色気たっぷりの美女」



まあ、妹がいるから可愛い系よりは美人系が好みだけれども。



「そんなことないって。マリアの方が好きだって」



俺は冗談半分で返した。


マリアも不機嫌になると帝翔以上にめんどくさい。


それに、俺は出来るだけあの女優の話はしたくなかった。

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