ブラックデザイア(Ⅳ)
「どうしたァ!? こんなものかァ!?」
「キミ……っ!」
少年は、押されていた。普通ならもう死んでいるほどに。魔族の攻撃の余波で吹き飛ぶような膂力の差。少年も常人離れした筋力を持っているはずだが、魔族の力はその上を行っている。少年は既に何度も身体に傷や裂け目を作り、その度に身体を治癒してなんとか持ちこたえているように見えた。
一撃で致命傷を受けるようなことになっていないのは、速さの面ではまだ少年に分があるから。しかし、その速さを活かしてどれもが致命になり得る攻撃を掻い潜り攻撃を浴びせたとしても、硬質化した肌に阻まれ魔族に傷一つ付けることはできなかった。
「終わりだ!」
「ぐっ……」
だから、いずれこうなるのは明らかだった。少年のマナを吸う力も、魔法を使うような手合いではない上貯めた力を使って尚身体機能で敵わないなら無意味。動きが緩んだ少年に向かって、渾身の一撃が齎される。
「させん!」
寸前で、スティングが横から斬りかかったことでその攻撃は中断された。
「邪魔をする気か?」
「違うな。元々私のリベンジに横やりを入れたのはそこの少年の方だ」
「ふん、なるほどな……だが、どれくらい持つかな」
アッシュスティングと魔族が戦いを始める。が、相手は変身前の状態で手も足も出なかったという相手だ。当然彼女もそれが分かっているからか、時間稼ぎを前提とした動きのように思えた。……つまり、出会ったばかりの少年に希望を託しているのだ。
「大丈夫!?」
傷は塞がっているものの、倒れ込んだまま動こうとしない少年に駆け寄る。少年は戦うスティングと魔族をぼんやりと見ていた。
「……二つわかった」
「え?」
「わからなかったのは、あいつの方がおれより強いと感じていたから」
少年は、謎が解けたとでも言うような声色で呟く。
「……あと、負けることって面白くもなんともないんだ」
「……こんな時に何言ってるの!? 死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「べつに、しょうがないんじゃない?」
「しょうがなくない! このままじゃみんな……」
「ついてこなければ良かったじゃん」
「それは……! だって、私は……キミに死んで欲しくなかったから!」
「いみわかんない」
「だから、立ってよ! 負けないで!」
「……勝てるなら勝ってるし、無理なものは無理なんだけど」
見れば、スティングは限界が近い。……打開する手段は……ある。私は戦闘ではスティングに大きく劣るにも関わらず、彼女よりも多くのマナを元に生まれた格の高い妖精だ。その力は、正面戦闘に恵まれない代わりに固有魔法に注がれているわけで……その魔法こそ、他の妖精が私を避ける理由だ。
「……ねぇ、剣貸して」
「いいけど、何?」
……正直、少年の能力については推察ばかりだ。根本から私の認識が間違っている可能性だって大いにある。だから、これは賭けだ。最悪、私が少年をダメにしてしまうかもしれない。
「ちょこまかと。もう飽きたぞ妖精」
「くっ……!」
瘴気。魔力でできたものの色を塗り替え意のままに操る、私の固有魔法。そして、特筆すべきところが、瘴気に侵された対象は力が増幅されるということ。この特性を使えば、少年の力をさらに上げることができるかもしれない。しかし、それには問題がある。
「っ……! 痛……」
「……なにしてんの?」
瘴気を使えるのは、魔力でできたもの。相手の魔法を乗っ取って何倍かにして返す、なんてことはできるものの、普通の人間にはただの毒。だから、少年や剣に直接付与することはできない。故に、少し工夫が必要だ。
左手に剣を、右手に分割して抜き取った自分の魔力核を持つ。普通、破壊されれば死を意味する魔力核だが、分割して分け身を作ることができる。魔力核を分割した後の妖精は長い間大きく弱体化するし、本来は後継……子供を残すための機能だ。しかし、誰かの遺伝情報を入れなければ妖精の素にはならない。
「……」
そんな分割魔力核を、少年の持っていたただの剣に接合していく。これで、半永久的に私の瘴気を放ち続ける魔剣の完成だ。上手く少年の能力と噛み合ってくれれば、触れた瘴気を力に変えてくれるかもしれない。失敗すれば……いや、これしか方法はないんだ!
「これ! 使って!」
「急に自分の胸えぐって……なんなの?」
「いいから!」
訝しむ少年に、有無を言わせず剣を押しつけると、少年は渋々といった様子で受け取った。
「! これは……」
剣を受け取った少年は自分の変化に戸惑うかのように見える。ひとまず、強化も望めない上瘴気で少年がダメージを受けるなんて最悪のケースにはならずに済んだようだ。後は、少年が瘴気を自分の力に変えてくれれば……!
「……ふふ……ふははははは……!」
……私は、瘴気によって純粋に少年の力が増幅されることに賭けていた。
「ぐはっ……! も、もう……しょ、少年!?」
「どいて。今すぐ試したいから」
「ふん。とっくに心が折れているものかと思っていたが」
アッシュスティングを押しのけ、少年が魔族の前に立つ。先ほどまでスピードを武器に立ち回っていたとは思えない、構えも何もない無防備な自然体が逆に少年が変わったことを確信させる。……そこで、私はあることに気づいた。
「草が……枯れてる?」
少年が歩いて行った道に生えていた雑草が枯れている。だが、この現象を考察するよりも前に魔族が拳を振り下ろそうとしていた。
「今になって前に出てきたかと思えば……死ににきたようだなぁ!」
「来るぞ! おい、少年!」
振り下ろされる鉄槌に、少年は正面から剣で受け止める。そうして起きたのは、押し負けるでも打ち勝つでもなく……全く想像もしていなかった現象だった。
「な……なんだこれはぁっ……!?」
筋骨隆々、絶望的なまでに雄々しく逞しかった魔族の腕が、拳が、少年と打ち合った途端にしわがれた。まるで人間の老人のように骨と皮だけになってしまっていた。
「あ、ありえない……なんだなんだこれは!? 何をした!?」
今までの態度は見る影もなく、自分の変化を受け入れられずに狼狽する魔族。老化というものを経験できる魔族は少ない。寿命こそ長いものの争いが絶えず、衰えが来る前に殺されてしまうことが多いから。故に、あの魔族は自分の身に起きていることを老化というものと結びつけられずにいるのだろう。……私だって、いきなりお婆ちゃんにされたら狼狽するしかないけれど。
とにかく、私の瘴気にあんな効果はない。だとすれば、やったのは少年に他ならないわけで……。
「まさか……生命力を吸ってる?」
少年が身に蓄えた力が一定に達したからなのか、私の剣が少年に促したのは能力の覚醒だった。マナや魂に瘴気といった魔力に類するものだけでなく、植物や敵からも力を吸い取れるようになったということなのか。
「ブラックデザイア……あれは一体……?」
「スティング……私にも分かんない……だけど……」
少年が一歩前に出る。魔族はたまらず後ずさる。
「貴様か……? 貴様がやったのか……? く、くるなっ! それ以上近づくなぁっ!」
「ふはは」
問答無用で少年が踏み込み、背中を向けた魔族に直接触れると、すさまじい勢いで魔族の身体が萎んでいく。
「あ……あぁぁぁ! やめっ……やめろぉ!」
やがて、魔族の身体は全身が老人のようになってしまった。
「……こうかい……するぞ……きさまらは……なにも……やくさいが……すぐ……」
「ふん」
魔族の最後の言葉に耳を貸すこともなく、少年はそのまま魔族を骨に変え……そして肉体から離れた魂まで吸い取った。
「あの子は……ヒーローだよ。妖精の……私の」
「あれがか……? ブラックデザイア、お前本気で……」
アッシュスティングには、彼がひどく恐ろしいものに見えていたのかもしれない。それは理解できるけれど……私には少年の背中が、共に危機を乗り越えてくれる英雄に見えた。
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