貴女と私の二人だけ
神田(kanda)
第1話 先輩と私
夏休みに、田舎のお祖父ちゃん家に行くのが楽しみだった。辺り一面、田んぼだけで、冷房もなく、暑さに耐えながら、一週間だけ泊まる。そんな、一見なんの面白味もない、そんなところだったけど、楽しみに思える、理由があった。
その子は、ひまわり畑の中にいた。
白いスカートと麦わら帽子が良く似合っていた。
夏の青くて綺麗な空の下で微笑んでいたあの子は、太陽よりも、ひまわりよりも、眩くて、綺麗だった。
もう一度だけ、会いたい。
私が初めて恋をした、貴女に、会いたい。
「う、、うぅん、、」
目が覚めた。また、あの夢を見た。お祖父ちゃん家の近くの大きなひまわり畑にいた、綺麗な女の子の夢だ。私と年の差はそんなにないはずなのに、すごく大人びていた子だった。
あの時、小学生だった私は、今では立派な女子高校生になった。お祖父ちゃんがこっちの家に引っ越してきてから、前のお祖父ちゃん家に行くことは無くなった。だから、もう、私にとって、あの子のことは、もう殆ど覚えていない過去の記憶、思い出だ。これから先の人生で、また会うこともないだろうし、今日みたいに、夢に見ることも、どんどん減っていくだろう。だから、こんな朝早くから、変に思考を働かせるのはもうやめよう。
そう思った私は、自分の部屋から出て、リビングに行き、朝食をとって、身支度を整えてから、学校に向かった。
「ふぁ~~、、眠い」
まだ、体も頭も起ききっていない。そんな状態で私は、教室の机に突っ伏した。教室はあまり居心地の良い場所じゃない。別に、クラスの人が嫌いというわけじゃない。話してて楽しいことももちろんある。ただ、私はどちらかというと、静かで落ち着いた場所や雰囲気が好きなのだ。つまり、騒がしいのがちょっと苦手なのである。
私は、眠気を我慢しながら、教室を出た。今日の1時限は自習だったはずだ。よし、サボろう。
私がこの高校に入学してから、もう数ヶ月経った。あと少ししたら夏休みだ。そんな程度しか時間が経っていないから、この学校の校舎をまだ全部回りきれていない。だから私はこうやって、静かに、落ち着いてサボれる場所を探しているのである。
「そういえば、屋上に行ったことなかったな。」
中学校の校舎の屋上は鍵がかかってて入れなかったけど、この校舎はどうなのだろうか。
私は、階段を上りきって、屋上の扉を見つけた。そこには、整った字で、生徒は立ち入り禁止、と書いてあった。しかも、どうやら鍵がついてそうだった。たまたま、運良く鍵がかかってなかったり、なんてことはないよなぁ、と思いつつも、ドアノブに手を伸ばして、回す。すると、カチャ、とドアが鳴った。もしかして、鍵は元々かかってない、とかなのか?、と思いつつも、まあいいやと思い、屋上に足を踏み入れる。
「おお、、、いい空気だ。」
と、一人呟く。そう、私一人だけ。
他に誰もいない、はずだった。
「貴女、、誰?」
日陰になっているドアのすぐそばに、一人の綺麗な女の子が座っていた。少し崩した体育座りで、首を傾けながら、こちらを見ていた。
うちの学校はいわゆる進学校で、私のようにサボったりする生徒は殆どいない。だから私は誰もいないと思っていたのだが、、、
「その青リボン、一年生だよね?」
「え、あ、はい、そうです。緑のリボンってことは、二年生ですか?」
ちなみに三年生は赤のリボンで、学年ごとに胸のリボンが違う。
「ええ、そうよ。貴女、もしかして、サボり?」
「はい、サボりです。先輩は?」
「私も同じくサボり。」
綺麗な人だなぁ、と思った。顔は仏頂面だけど、妖艶な雰囲気が出ていて、上品な口調だった。
「あの、先輩。自分もここにいていいですか?」
一瞬、ここじゃなくて、別の場所に行こうと考えたのだが、いつの間にか口から出ていた。何だかここなら教室よりも、他の場所よりも、落ち着ける気がしたからだと思う。
「ん、どうぞ。」
淡々とした口調だった。だけど、全然嫌な気がしない。不思議な感じだ。
私は、ドアを挟んで、先輩と反対側の日陰に座った。
先輩が空を見ていたから、私も空を見てみた。
今日は雲ひとつない快晴だったが、暑くはなかった。
「ねえ、起きて、起きて、起きて。」
ん、、うん、、?ああ、寝ていたらしい、瞼が下がっていた。体が誰かに揺さぶられる。瞼が開きはじめて、私の体を揺さぶる誰かを見た。先輩だった。それは当然だ。屋上には、私と先輩しかいないのだから。
「、、、ハッ!」
完全に目を覚ました。先輩が起こしてくれてることを理解した瞬間に、一瞬で起きた。
「おはよ、私、屋上から出てくから、貴女も出て。」
「え、あ、はい。」
意識は覚めたが、体が起ききっていない。だが、何とか体を無理やり動かして、先輩についていった。あれ?というか、何で私も出るんだ?そんなことを考えながら。屋上を出ると、先輩がドアの前でしゃがんだ。何をしているんだろう、と思って、先輩をよく見ると。ピッキング(?)をしていた。
「あの、先輩、それって、何をしてるんですか?」
「これ?ドアを施錠しているの。こういうのをピッキングっていうのだけれど、知ってる?」
「あの、泥棒とか怪盗とかがやるやつですよね?開けるのなら知ってますけど、閉めるのもできるんですね。」
「ええ、原理は同じだからね。」
相変わらずの仏頂面で、淡々と作業している。手先が綺麗だった。横顔も綺麗だった。だが、やってることはピッキングだった。
「先輩、もしかして、ここって普段は鍵かかってるってことですか?」
「ん、そう。ほんとは入っちゃだめだから。」
「あの、私が言えたことじゃないんですけど、いいんですか?、それって?」
「もちろん、こんなことしたら駄目よ。だけど、私は屋上でのんびりゆっくりしたいの。よし、終わり。」
そう言うと、先輩は立ち上がって、手に持っていたマイナスドライバーみたいなものと、その他諸々をポケットにしまった。
「貴女も、屋上を使うときは先生にばれないようにね。」
「いや、そもそも私、ピッキングできないので、入れないです。」
「そっか、それじゃあ、私がいる時じゃないと屋上でのんびりうたた寝できないのね。」
なんだろう、先輩の顔は相変わらず仏頂面だし、何か特別な会話をしているわけじゃないのに、先輩と話すのが、面白いし、楽しい。変な気持ちだ。
「あの、先輩、もしよかったら、先輩が嫌でなければ、これからも、たまにこうやって屋上に来てもいいですか?」
先輩は、顔色一つ変えずに、
「私は気にしないから、ご自由にどうぞ。」
と言ってくれた。
先輩はそのまま階段を降りていった。私は少し背伸びをしたりしてから教室に戻った。丁度1時限が終わって、休み時間になっていた頃だった。
私は何だか満たされた気分だった。
また、会えるといいなぁと、
そう、思った。
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