III-B: お礼と報酬


 そんな勉強会兼ランチ会などを経つつ、とうとうテスト週間がやってきた。


 本番は明日から金曜日までの4日間。ただし午前中のみの実施。1日あたり2教科から3教科という具合になっている。


 教室などでの周囲の声をチラチラと耳に入れてみる限りではそこそこやってきた生徒が半分くらいで、残り半分を更に半分ずつにしてほぼ諦めムードの生徒と自分なりにはやってきた生徒とに分かれているように感じている。だいたいいつも通りと雰囲気はある。もちろんそういう自分なりの勉強してきた感覚が、そのままテストの点数に直結するとは限らないのが現実でもある。


 今日ももちろん放課後学習は図書室で行う予定だが、開館時間の都合もあって5時にはお開きになる予定だ。もちろん私たちとしてもこの期に及んで何かを必死に詰め込もうという気は無い。何となくいつものように集まったというだけなので、それぞれが机の上に出しているのも板書したノートや用語集くらいになっている。筆記用具の類いはない。


「やー、イケるわ、私」


「……ふぅん」


 定位置と言えるほどに馴染んできた席につくなり、は謎の宣言を行った。


「何がとは訊かないでおくけど」


「えー」


「……何がイケるの?」


 訊いて欲しいらしい。無視しても意味はないので大人しく訊いてあげることにするが、今日この日の放課後に言うのだからもちろんそういう意味だろう。


「今回のテスト、私イケる気がする」


 そうだと思った。


「……あんまり宛てにならないんだけど」


「宛てにならな」


「ちょーっと、レンレンそれはさすがに失礼じゃない? 『宛てにならない』はないでしょー!」


 一応図書室の中という意識はあるようだが、そこまで気を遣っているとは言えない声量で咲妃が怒った。私の方が少し先に言い始めたし、何ならふかざわくんは最後まで言い切っていないのにもかかわらず、やり玉に挙げられたのは深沢くんの方だけだった。ご愁傷様。


「何でだよ! 何で俺だけなんだよ! 今、かいどうも言ってたし、何なら先に言ってたし! っていうか、俺はまだ『宛てにならなさそうだなぁ』って言おうとしただけだ!」


 深沢くんも負けじと言い返すが、しっかりと本音が出てきてしまっている。


はいつものことだし、そもそも菜那の点は私が簡単に追いつけるような感じじゃないし。それは良いの! でも、レンレンは違うでしょー!」


「テストで勝てそうかどうかで判断すな!」


 そしてそれに気付いているのかどうかは解らないが、咲妃も同じように本音を漏らす。あまりにもハッキリと言い放たれたせいで、咲妃の言い分はハッキリと深沢くんに伝わった。


 チラチラと思ってはいたが、咲妃は成績面で完全に深沢くんをライバル視するようになっていた。総合点数で言えば大差は無いらしい。得意科目が若干異なっていてその分双方が質問をし合うこともあったので協力体制になっているのかと思ったら、咲妃からしてみると何だか違うらしい。


「とりあえず、ふたりともお静かに」


「ハイ」「すみませんでした」


 ヒートアップはするが、こうしてすぐに大人しくはなる。


「……ふふっ」


 遠くで司書さんが笑っているようなので、今のところはおとがめ無しで済みそうだった。


 ここ最近は私たちがほとんど占有しているようなモノではあるので、すっかり顔なじみになってしまった感はある。基本的にはしっかりと勉強している姿も見られているし、こうしてふたりもしっかりと反省はしてしばらくの間は音量も抑えめになるので、少々のおしゃべりについては見逃してくれるようだ。


「でも、咲妃にしては、いつもよりはがんばってたね」


「ちょっと言い方にトゲある気がするけど、でもまぁ、自分でも頑張ってたとは思うわ」


 咲妃はそう言いながら胸を張る。褒めていることは伝わったようなので安心した。


「だからとりあえず、私がレンレンに主要5科目の内でどれかひとつでも私が勝ったら、レンレンのおごりねー」


 だが、深沢くんに対しては一切の容赦をしない咲妃。あまりにも横暴だが。


「問答無用で断る。っていうか、それはいなむらに好条件が揃いすぎだろ。さすがに認められねえわ」


 冗談半分だとは言っても、もちろんそれをあっさりと飲み込むような深沢くんではなくなっている。


 そう言えば、最初の頃はアレだけどうしようどうしようなどと言って互いの手の内を探るような感じもあった深沢くんと咲妃が、こんなにも言い合うようになるとは。咲妃はそもそも外交的な方だが、深沢くんも全然負けてはいないと思う。


「くそぉ、バレたかぁ」


「アタリマエだっての」


 けらけらと笑う咲妃に、呆れた笑みを返す深沢くん。


「そもそもそこで『二階堂に1教科でも勝ったら』って条件にしないのが甘えだもんな」


「それは無理ゲーだもん」


 さらっと言い放つ咲妃。


「じゃあレンレンがその条件でやりなよ」


「それは無理ゲー」


 するりと言い逃れる深沢くん。


「ほらぁ、レンレンだってそうでしょー」


「……止めようぜ、もう。この話は不毛すぎる」


「そうねー」


 戯れ合いはこの辺で終了ということらしい。咲妃は少しだけ不服そうだったが、それでも大人しく板書ノートの確認を始めた。




     ○




「……っとに、稲村のヤツ、自分にだけ良い条件になるようにするアイディアだけは良く出てくるんだ」


 5時を回ったところで学校を出て、いつも通りの通学路をそれぞれの家路へと繋いでいく。今は咲妃とは分かれて深沢くんといっしょだった。だからなのか、咲妃が居ないのを良いことに深沢くんが軽く愚痴を言い始めた。


「でも、咲妃に負ける気は無いんでしょ?」


「そりゃあまぁ……と言いたいところではあるけれど、稲村も結構デキるからなぁ。だからこそ何を要求されるか分かったモンじゃないから気易くは受けられないな」


 結局のところ咲妃は、まだそこまで深沢くんには信用されていないらしい。


「……じゃあ、咲妃に主要5教科全部勝ったら、私が何かご褒美あげる」


「えっ」


 私の提案に、あまりにも驚く深沢くん。その声は住宅街に響き渡る。そこら辺の家の壁に反響して行っているので、今更口を押さえたところで遅いと思う。


 何となく気易く言ってみただけなのだが。


「え、何で?」


「別に。明確な理由はないけど」


 でも何となくの言い訳はできる。


「たぶんだけど、咲妃がもし1教科でも深沢くんに勝ったら、コンビニスイーツ3つくらいは奢ってもらおうとするわよ」


「えっウソ、あれってやっぱりマジで言ってんの?」


「真剣には言ってないけど、『私を褒めて!』って感じで言ってくるわよ? あの子、自分で自分にニンジンぶら下げて頑張るタイプだから。あと、わりと甘え上手だから」


「ああ、なるほど。そういうことか」


 こっそりと咲妃の為人ひととなりを伝えれば、深沢くんは微笑んだ。


「いやぁ、でもまぁ、……それはやめとくよ」


「どうして?」


 自分でエサをぶら下げている咲妃に対するのであれば、相応のご褒美が待っていた方が良いと思っただけだが。もちろん深沢くん自身が咲妃と同じようなことをしているのであれば、私の提案は完全に余計なことではある。咲妃への扱いと同じようなことを考えなしに言うのは失礼だったかもしれない――。


「全部勝ったら、むしろ俺が、二階堂にお礼をしたい」


「……」


 さっきの深沢くんのように、「えっ?」と大きめな声で訊き返しそうになった。


 ただ、自分の両目がしっかりと見開かれているのは自覚している。


 深沢くんは私に微笑みながら続けた。


「だって、そうなったら二階堂のおかげだし」


「そう?」


 そこまでしてもらう理由こそ無いと思うけれど。


 今日までテスト勉強をやってきたのは深沢くん本人。他の誰のためでもなく、自分のために頑張ってきたのだから、お礼を言われたり何かをしてもらうなんて必要無いと思うのだけれど。


「いや、うん。1教科負けたとしてもお礼はするし、……稲村に何か言われたらシュークリームくらいは買ってやろう。っていうか全員分買う。で、テストお疲れさま会でもやりゃあいい。で、全教科俺が買ったらガチのお礼をする」


 深沢くんの中では理論立てられているのだろうけれど、私からしてみればいきなり分厚い資料が山積みになっていくような感覚だ。


 ちょっと待って。


「決定な。これは決定事項。稲村にはオフレコだけど、そういうことだ」


 ちょっと待って。


「じゃあ、俺はこの辺でー」


 ちょっと待って――とは結局言えないまま。


「気を付けて帰れよー」


 私には何の発言も許さないまま、彼は手を振りながら走り去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る