第2話 だから、前を楽しむのだ!


 だが、それだけではなかった。


 そんな中、幼馴染のお母さんから掛けられた言葉があった。


「ぜひ、大きくなったら、この子を和世ちゃんのお嫁さんに」と言っていたあのお母さんにだ。


 この頃、私は石などをぶつけられて傷だらけとなったランドセルを背負っていたこともあって、人目につかないように、表通りを歩かず、路地裏通りや住宅の間の細道を通り帰ってきた。


「早く……早く帰りたいよ……」


 すると、後ろから自転車の音が鳴り、それと同時に聞き覚えのある声が響いた。


「か、和世ちゃん?」


 私は伏せ目がちのまま振り返った。


「は、はい……」


 きっと想像していた姿と違ったのだろう。

 幼馴染のお母さんは、私の返事に応じることなくしばらくの間、目を丸くして、吟味するように眺めた。


 そして、ぼそっと呟いた。


「あ、こうなっちゃったかー、残念ね……」


 この言葉と、その時向けられた冷たい視線は幼い私を切り裂いた。


 私はなぜこんなにも冷たい視線を向けられるのか、理解できなかった。


 自分は何も変わっていないのに、ただ外見が少し変わっただけなのに、どうしてこんなに辛い思いをしなければならないのか。


 少しばかり見た目が変わっただけで、距離を置き、態度を変えてしまうことに。


 こうして、私は幼いながらも現実を呪い、夢をみなくなり、学校にも行けなくなってしまった。


 だが、この日を機に私の家族は底抜けに明るくなったのだ。


 今、思えば辛いことでも、笑顔で乗り越えていく姿を、絶望する私に見せてくれたのかも知れない。


 そのおかげで私は私を取り戻していった。




 ☆☆☆




 常に前を向き明るく振舞う両親のおかげ少しずつ元気を取り戻していく中。


 私は気が付けば、小説や漫画、アニメといった人の夢が詰まったものに、心を掴まれ夢中になっていった。


 当然と言えば当然だった。


 引きこもりがちで、社会を知らない私が本の開けば、見聞きしたことのない世界や物語があり、その登場人物たちはそこに実在しているのだから。


 そして、そこで私は運命の出会いをした。


 【負けるな踏ん張り続けろ!】通称【マケフリ】という高校生たちがバスケを通じて、青春を謳歌するスポコン漫画の主人公。

 加琉羅ルイ君という生涯の推しとなる存在に。


 何が好きだったかというと、全てだ。

 

 推しである存在に何がというのを聞くのは愚門でしかない。


 だが、一番気に入っているセリフがある。


 それは、Ⅾon't think feel! というセリフ。


 ありきたりではあるのかもしれない。


 だが、当時の私のとって、その姿は輝いて見えたのだ。


 どんなに絶望的でも、加琉羅ルイ君は、親指を立てメンバーを励まし続けるその姿が。


 そして、その頃にもう1つの運命の出会いをした。


 それは鈴木留実という、不気味な見た目をした私にも、笑顔で語り掛けてきた優しさに溢れた女の子との出会い。


 あの日は、今も忘れはしない。


 あれは、私が中学生の頃。


 徐々に元気は取り戻してきたとはいえ、当時はまだ不登校だった。


 だが、勇気を出して、両親に頼み込み某有名アニメグッズ店へと足を運んだ。


 店の前には、流行していたアニメのガチャガチャが設置されており、その横には週刊、隔週、月刊といった漫画雑誌に、イチ押しの声優が表紙を飾っている雑誌の数々。


 店内に入れば、サブカルチャーの宝庫と言わんばかりの品揃え、手前からジャンル別に区切られたブースが複数、奥には文庫本、単行本手作りで愛の溢れたポップが貼り出されている心のオアシスと呼べる場所。

 

 そこで私とは違い、その子は1人で【マケフリ】ブースの前に立っていた。


 だが、私は声を掛けることもなく、その子を押しのけるように目当てであった【マケフリ】の最新刊を手に取り、ブースを後にしようとした。

 

 普通なら、嫌味の1つでも言うのが当たり前だろう。

 

 しかし、そんな無愛想な私にその子は微笑み掛けてきたのだ。


「マケフリ好きなんだね! 誰が好きなの? 私は加琉羅ルイ君!」


 オタク文化では同担拒否という文化がある。愛の大きさ故に同じ推しを推すことを拒否してしまうことだ。


 それは珍しい考えでもないし、そういった考えも尊重されるべきだろう。


 とはいえ、この質問に答えるのには、少し勇気がいるのだ。


 顔を見られる、悪口を言われてしまうといったものとはまた別の勇気が。


 本来であれば……だが。


 その時の私は、初めて訪れたアニメグッズ店に興奮していたこともあり「加琉羅ルイ君です……」と口籠りながらも答えたのだ。


 私は思いもよらない言葉を口にしたことで「わ、私は……その……ち、違って……」と動揺し訂正しようとするが、その子は嬉しそうに言葉を返してきた。


 「やったー! 同担だー!」

 

 私はこの日を境に、その子、鈴木留実と仲良くなっていった。


 そこには理屈など存在しない。オタクとはそういう生き物である。


 今では私のもちろん過去も知っているし、お互いにかずっち、ルーミーとあだ名を付けて呼び合う仲だ。


 時間はかかったけれど、家族の支え、推しとの出会い、ルーミーのおかげで私は再び立ち上がることができた。


 そして、私は心に誓った。


 これからは全力で人生を楽しみ、Ⅾon't think feel! 精神でどんな困難も笑顔で乗り越えていくのだと。


 そんな私は高校でしっかりデビューしてやった。


 顔隠すほど長く痛んだ髪は肩くらいのボブショートにして。


 色白から浅黒くなった肌、垂れ下がった一重には、わからないくらいのファンデーションと、アイプチで対応した。


 更に引きこもりで鈍った体をいじめ抜く為と、加琉羅ルイ君が所属していたバスケットボール部を選んだ。


「肌黒くない?」と言われれば、「日焼けしやすくてさー! でも、健康的っしょ?」と笑顔で応じたりしながら、昔のように学生生活を過ごしていった。


 当たり前のように、同じ高校・大学に進んだ大好きなルーミーと一緒に。


 


 ☆☆☆




 と、まぁ、こんな感じの右葉曲折を経て、何とも不思議なやつが出来上がったわけです!


 車に轢かれた→あんまり覚えていない→真っ白×何も無い空間+上下認識できない空間+祭壇&椅子=死んだ≒異世界転生と結びつけるようなやつに。


 こうやって開き直っている私はともかく、家族の皆は悲しんでいるだろうね。


 我が家族ながら、愛に溢れていたもんなー。


 けど、私自身はここで生きてるっちゃ、生きてるし……いや、生きてはいないかー……あははー。


 ま、でも! やっぱりさ、そこまで落ち込まないかも。


 私の脳裏にはどんな時も笑顔を弾けさせる家族の姿が浮かんだ。


 ふふっ、どっちかというと励ますよね!


 どうせなら、全力で楽しみまくれとか、なにかを極めろとかも言いそう!


 家族との日々を思い出していると、私はふとある約束を思い出す。


 あ、そういえば!

 私、約束してたよね!?


 ルーミーと一緒に【マケフリ】のコラボカフェに行くって……けど、今頃、思い出すとかどうするよー。


 って、それを今心配しても仕方ないか。


 私、死んでいるっぽいし……。


 それに大体ここから、女神みたいな存在が現れて、「貴女は不慮の事故で命を失いました。ですので、特別な力を授けましょう」って流れになるはずだし。


 ふふっ、ならば!


 オタクとして、色々と楽しんでしまおうじゃないかい!


 んで、全てを終えてから悩むとしよう。


 うん、それがいいし、私らしいや!


 楽しんでこそ、人生だぁぁぁぁー!


 イッツ・マイ・ライフー!


 ヤーッ!


 なーんてドーパミンドバドバ異世界おふざけモードになっていたら、不思議などこか聞き覚えのあるような声が聞こえた。

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