亀裂

 彼女の心は 壊れていった。


 彼女に求められたのは、

 人形のように着飾って

 ただ、静かに微笑んで

 そこに在ることだけ、だったから。


 ――何かを欲してはいけないの。


 ――言われることに従順で

   歯向かってはいけないの。



 苦しみも甘んじて受け、

 苦しくないと微笑んで。


 静かに微笑むことだけが、

 彼女に許されたことのよう。



 喜びに 声を上げることもなく

 歓びに 踊り舞うこともなく

 悦びに 狂ってしまうこともない。


 それでも、

 彼女は美しかった。


 美しさは彼女の哀しみだった。











 だから、飛んだ。


 蝶のように

 ひらひらと


 きらきらと

 鱗粉をまき 









 彼女の翠玉色の瞳からは もう 涙がこぼれることはなかった。












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