第20話 手に持っているものは?

 入浴日。

 私は、ホール担当です。コーヒーの提供。入浴後の方には、ポカリを提供。

 それから、ドライヤーで濡れた髪を乾かしたり、ホールから出てどこかにお散歩しそうな方には目配りしたりと、そりゃもうパタパタです。

 でも、入浴担当の人はもっと忙しい。そんな日の出来事です。


 私はドライヤーで利用者さんの髪を乾かしていました。すると、ちょっと自由な、いや、自由過ぎるかもしれないソメさんに「ちょっと、ちょっと~」と呼ばれ振り返ります。すると、右手に何かを持っています。


「これ、捨ててちょうだい」というソメさん。

 あの紙のような物に包まれた黒っぽい物体は何んだろう?と不思議に思った私は聞きました。

「ソメさん、それ何?」


 ソメさん、声は出さずに唇を動かします。

「う・ん・こ」

「&%#~*!」


 驚く私と対照的に、おすまし顔のソメさん。

「リーダー! 私、ソメさんをトイレに連れて行くのでホールお願いします‼」

 と諸事情を話し、うんこを持っているソメさんの車椅子を押してトイレにダッシュです。


 本当はゆっくり車椅子を押さなきゃいけないんだけれど「ソメさん、急ぐよ」と、そこは一言断ってダッシュしました。


 トイレに行き、紙に包まれたうんこはビニール袋に封印し破棄します。

「ソメさん、手を洗って~」

 ソメさん、水でちょろっと洗ったつもりで終わらせようとします。その手には、まだまだうんこが……

「ソメさん、石鹸つけてちゃんと洗って~」


 そんな感じで、リハビリパンツやパッドを交換してホールに戻りました。入浴前で良かったと思いながら、ソメさんの謎の行動を考えます。


 まず、うんこを漏らしてしまった。

 気持ちが悪い。

 よし、うんこを取ろう。

 素手は汚いから、テッシュを使ってうんこを一握り取り除く。

 そして、うんこを捨ててもらおうと私を呼ぶ。

 私に、『それは何?』と聞かれても、大きな声を出すのは恥ずかしいから口パクで「う・ん・こ」と答える。


 これが一連の流れなんだろうな。


 認知症でも、気持ち悪さや恥ずかしさは残っています。

 ただ、私たちが想像しない行動をとってしまうのが、ちょっと大変。


 ソメさんは、その後はケロッとしてホールで同じテーブルの人と談笑していました。

 同テーブルには認知症ではない方が座っているのですが、優しい方ばかりでソメさんの一連の行動は見て見ぬふりをして下さっていました。


 ありがとうございます。

 ソメさんは、優しい方に見守られて今日もそこにおります。


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