42話・万引き夫人


 離宮からいなくなった王太后陛下は、まだ見つかっていないようだ。わたしの連れ去り未遂事件と同時期に起きた事から、事件と関連性があるのか気になる所だ。


 ヴィオラ夫人には、今後ももしかしたらわたしを狙う者が現れないとも限らないので、ゲッカがいない今、ロータスと行動を共にするように言い渡されていた。



「この後は?」


「青果屋さんへ」


「じゃあ、先に行っていてくれ。私はこれを馬車に置いてくる。場所は分かるよな? あのパン屋の隣だ」



 ロータスはそう言うと、目と鼻の先に止めてある荷馬車の方へ、大きな粉袋を肩に担いで行ってしまった。一足先に青果屋へと向かうと、隣のパン屋の前に人だかりが出来ていた。何やら揉めているようだった。


「あんたね、それは泥棒だよ」


「わたくしは泥棒じゃ無いわ。失礼な人ね」


「じゃあ、お金を払ってくれ」


「お金? わたくしは持っていないわ」



 その聞こえてくる声の感じから、揉めているのはパン屋のおかみさんと、一人の中年女性のように思われた。




「一体、どうしたんですか?」


「あの女性がパンを盗もうとしたらしく、おかみさんが後を追い掛けてきたらしい」


 人だかりの側にいた男性に聞けば、万引きしようとした女性を、パン屋のおかみさんが追い掛けたという話だった。



「あんなに立派な身なりをしていながら、お金がないだんて言って、お金を払おうとしないのさ。悪質だよ」


 男性はパン屋のおかみさんに同情していた。万引きの疑いをかけられている華奢で小柄な女性は綺麗な人だった。質の良い高価な外出着に身を包んでいて、上品な羽根付きの帽子を被っていた。 


 その身なりからして、まず平民には思えない。どこかの貴族のご夫人のように思えた。


 パン屋のおかみさんは、声を張り上げた。


「じゃあ、警備兵を呼ぶよ。あんた、そんな立派な身なりをしていながら、金も払わずに白昼堂々と物を盗もうというのかい? とんでもない女だね」


「お金ならアージアが払うわ」


「アージア? それは誰だい?」


「わたくしの側用人よ」


「それは大したご身分で」



 老夫人とおかみさんは睨み合う。そこへ誰かが街の警備兵を呼んだようで、二、三人の兵がやって来た。その兵と共に一人の中年女性が姿を見せ、叫んだ。



「ベネベッタさまっ」


「アージアったら、どこにいたの?」


「どこにいたのではありません。お捜し致しましたよ、ベネベッタさま。馬車の中でお待ち下さいと言っているのに、あっちこっち行ってしまわれるから」




 万引き夫人の名前はベネベッタと言うらしい。そのベネベッタにアージアと呼ばれた女性は、人だかりの多さに驚きつつも、ベネベッタの側に来て注意した。ベネベッタ夫人は迷子になっていたらしい。


 警備兵に礼を言うアージアに、パン屋のおかみさんが声をかけた。


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