12話・厄介な存在
「フィルマンさま~」
早朝から頭を悩ませる存在と行き当たって、フィルマンは渋面を作った。
「これからどこ行くの? あたしも付き合う」
「悪いがこれから仕事でね」
「いつも仕事、仕事って。たまには休みなよ。あたしとお茶でもしよう」
「他の誰かをあたってくれ」
「あんたじゃないと意味がないの」
「それは誰かに、僕をその気にさせろとでも言われているのか?」
フィルマンは忍耐の尾が切れそうになっていた。偽者サクラがここに来てから3週間ほどが過ぎていた。本物のサクラの行方は分からないまま。ただ無情にも日々だけが過ぎていく。この状態にイライラが募っていた。
フィルマンに睨み付けられて、偽者サクラは「ひぃ」と、小さな悲鳴をあげた。
「言え。誰だ? 誰に命じられた?」
「あの、それは……」
穏やかなフィルマンしか知らない彼女は、彼の怒りに触れて震え上がり、後退りして慌てて自分に宛がわれた部屋へと走って行った。フィルマンは王子として生まれた事もあり、感情を殺すのに長けていたが、さすがに彼女を前にしては、我慢がならなかった。
本物のサクラの身を案じるフィルマンの前で、あの偽者サクラは脳天気すぎた。
「サクラ。きみは一体、どこにいるんだ?」
廊下から見上げた窓の外は、一点の曇りもなく青く澄みきっていた。
「ヴィオラさま。この後はどうしたらいいですか?」
「ここは玉留めにして、お終いにしましょう。新たに糸を付け直して刺した方が良いと思うわ」
わたしはヴィオラ夫人に拾ってもらってから、色々とこの国の常識的なものを学び、ここでの生活にも慣れてきた頃には刺繍を教わっていた。
「あなたは飲み込みが早いわね。もう教えられることは全然ないわ。そうだ。刺繍をしてみない? あなたは器用そうだから、私よりも上手く刺せると思うわ」
ヴィオラ夫人は、この国の女性達は教養の一環として刺繍を習うのだと言った。ヴィオラ夫人の孫娘も刺繍が得意で夫の為に、魔法陣を織り込むぐらいの腕前なのだとか。
ヴィオラ夫人は、「孫娘のユノは幼い頃に事故で両親を亡くして、嫁ぐまでこの家で共に暮らしていたのよ」と、言っていた。
彼女の口から度々、孫娘の話が出てくる。孫娘のユノさんのことを大事にしている想いが満ちていて、聞いている方が羨ましくなるほどだった。
──わたしもこんな風に、家族に思われていたのかな?
ここでご厄介になって一ヶ月ほどが経つ。未だに消息が知れないと言うことは、自分は家族にとって厄介者だったのではないだろうか? と、思えてきて悲しくなる。
「あ。そうそう。今度、ユノが訪ねてくるわ。あなたのことを手紙に書いたら、旦那さまが興味を示してね、それに同行してくるそうよ」
「そうですか」
「そんな顔しないで。ユノの旦那さまは優れた魔法使いだからきっと、あなたがどこの誰か分かるはずよ」
わたしが気乗りしないのを、ヴィオラ夫人は察したようだ。
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