1話・おまえが望むならその運命引き合わせてやる




 「ふ~ん。それで?」


 不意打ちで自分の執務室を訪れた友人のノルベールは、ニヤニヤしている。彼とは長い付き合いだ。今まで結婚とは無縁だと思っていた自分が、気になる女性がいると言ったことで気になったのか、詳しい話を聞かせろと言い出した。


 ノルベールは王宮魔術師長。青黒の髪に金色の瞳を持つ優男風の容姿をしている。その彼は、「ああ。美味い」と、行儀悪くも執務室のカウチソファーに寝そべりながら、脇にあるローテーブルの上のお皿にのった、カットフルーツを次々と頬張っていた。


 彼が口にしているのは、自分の領地で育てている果物ペアーだ。とても甘く匂いも香しい。よく市場に出回っているリンゴやオレンジ等という、一般的な丸い果実とは違い、上下が丸くて真ん中がくびれている面白い形をした果実で、やや上の方が下よりも小さめ。


 その為、その果実の名付け親とされるこの国の何代か前の国王は、初めてこの果実を見た時に、貴婦人のようだと言い、当時寵愛していた妃の名前が「ペアー」だったことから名付けたとも言われている。

 ペアーのくびれが愛妾の体型に似ていたから、そこから名付けたという説もある。ノルベールの話では、彼の前世の記憶にある「洋梨」と呼ばれていた果物とそっくりだと言う。


 ノルベールは前世の記憶持ち。そのせいなのか見た目よりも精神年齢が老成していて、自分の世話を焼きたがる部分があった。


「今の自分は恋をしても許されるだろうか?」


「別に構わないだろうよ。フィリー、そろそろおまえが腰を落ち着けても誰も文句は言わないさ。誰だ? そのおまえに見初められた幸運なお相手は?」


 事も無げに友人は言うが、気は晴れなかった。


「ノル。相手にとって幸運かどうかは分からないが……」


 自分はそれまで、夢渡りの能力について誰にも話したことはなかった。唯一、知っているのは産みの母で、幼かった自分に「その能力のことは誰にも話しては駄目よ」と、言い聞かせられていた。

 その為、友人のノルベールにも話せないでいた。しかもその能力は、あまり上手く使いこなせてはいない。自分が望む相手の夢の中に必ず入り込めれば良いが、そこまでの力はないようで、彼女に会いたいと願ってはいても、精々会えるのは5回につき1回のみ。


 そんな中、彼女に会えると気持ちが舞い上がってしまい、どうでもいい話をして終わってしまう。その為、彼女についての情報が少なすぎた。


 言い淀む自分に、ノルベールは「何だ。まだ相手に想いを伝えてないのか?」と聞いてきた。

ノルベールには、自分が15年前にやらかしたことから、相手に打診するのを恐れているのかと思われているようだ。


 一般的に自分は、王家特有のプラチナブロンドの髪を持ち、出会う人に理知的な印象を与える、サファイアブルーの美しい瞳をしている。長身で顔立ちは端正。女性のエスコートをそつなくこなしている。王宮にいた頃は、若いご令嬢方から熱視線を集めていたと、言われがちだが実際の所、令嬢達は自分の見た目と第1王子という肩書きだけで注目していただけだ。


 少し話しただけで「そのような堅い話はちょっと……」と、距離を置かれていた。

自分は、ノルベールと同い年で33歳。すでに既婚者であるノルベールからみれば、未だ独身でいる自分のことが不甲斐なく思われるのだろう。


 ノルベールは仕方ないな。友人の為に人肌脱ごうじゃないかとソファーから身を起こした。


「どこのご令嬢だ?」


「いや……、どうだろう?」


「じゃあ、ご夫人なのか? どこに住んでいる? 名前は?」


「彼女の名がサクラという名前であること以外、何も分からない」


「はあ? 何だって? サクラ? それをどこで?」


「サクラとは花の名前らしい。親御さんがそこから名付けたと彼女は言っていた。彼女はハル生まれだそうだ」


 少ないながら彼女について知り得た情報を伝えれば、ノルベールが目を見開いていた。

ノルベールは前世の記憶持ちだ。ひょっとしたら彼女の名前の由来が、それに何か関係している?


 子供の頃、ノルベールから前世の記憶を持つと、打ち明けられたことがあった。丁度その頃、この国の歴史伝承記を読んでいて、その書の中で魔術に優れた者はごく稀に、前世の記憶を持っている場合があると記載されていたので、疑う事は無かった。

 ただ、その歴史伝承記は、父や周囲の者らからは、単なる伝承で作り話だから信じない方が良いと言われていた。


 その背景には、国教としている蒼空教があった。


 蒼天教では、人は死んだら天空の国に行くのだと説いている。天空の国では今まで生きてきた記憶は抹消されて、天空の国の住人として暮らすことになると信じられていた。

 その為、前世の記憶がある等と言えば、蒼天教を信仰する者達から批難されかねない。


 そんな世の中でありながら、前世の記憶があると打ち明けてきたノルベールに対し、子供心に凄いと思ったし、彼が前世の記憶があると言ってくれたことで、伝承記には嘘がなかったのだと信じられた。


 ノルベールは規格外の魔法使いだ。普通ならば、王宮のある王都から馬車で、片道一ヶ月かかるペアーフィールドと、王宮にある彼の執務兼研究室とを扉一枚で繋げてしまった。転移術を施したドアらしい。

そのドア一枚で、ペアーフィールドにある自分の執務室から、王宮内にある彼の執務兼研究室まで行き来出来てしまうのだ。


 そんな彼に、今まで話せないでいた自分の秘密を打ち明ける事にした。産みの母には誰にも言うなと言われていたが、彼ならば信頼できる。自分の秘密を知ったからと言って態度を変えるノルベールでもないだろう。


「信じてもらえるか分からないが……」


 と、前置きした上で自分の夢渡りの能力のことを話せば、彼は多少、驚いたものの特に何か態度が変わることはなかった。そればかりか急にやる気を見せた。


「俺はフィル、おまえを信じる。おまえが望むならその運命引き合わせてやる」


「ノル」


「任せておけ」


 普段、お人形のように整った顔立ちを持ちながら、何の感情も露わにしたことがないノルベールが、生き生きとした表情でドアに手をかけた。彼の背を見送ることはいつもと変わらないのに、それが何故か普段とは違って頼もしく感じられた。何かが始まりそうな予感がした。


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