017-つまらない回想

昔、とある一つの家庭があった。

豪遊できるほど金持ちではなかったが、貧困に喘ぐ程貧乏でもなかった。

そして、一家には子供が生まれた。

父と母は喜んだ。

だがそれも、ひとときの平和だった。




事件が起こったのは、俺が生まれた頃あたり。

俺の兄であった最初の子供が、病気で呆気なく死んでしまったのだ。

もちろんそれだけで、一家が崩壊する事はなかった。

だが、確実に...確実に何かの歯車が狂った。

両親の会話は減り、いつしか母親はまた妊娠した。

父親は俺に優しくしてくれたけれど、母親は段々と俺を呪うようになった。

テストで100点を取って見せても、得意でもないサッカーで活躍しても、母は笑わなかった。

子供が生まれた時、歪んだ真実は一気に崩壊した。

生まれた妹は、DNA鑑定では全くの赤の他人の子だった。

父親は激怒して、俺に別れを告げて蒸発した。

大黒柱を失った俺たちは路頭に迷って、母親の財産で暮らすようになった。

俺は、血の繋がらない妹を、狂ってしまった母親の代わりに育てた。

母親がしてくれなかったことを全部してやった。

でも母は...ついに、終わった。

もともと妹の父親は、母を愛してなどいなかったんだろう。




ある時母親は、俺に一度も見せなかった笑顔で、名前も知らない神がいかに素晴らしいかを言って聞かせた。

母親の豹変ぶりに、俺と妹は震えた。

子供に言ってもわかるわけがないというのに、母は俺たちがそれを理解しないとなると...鬼神のようになった。

いつしか母親は熱狂的な献金者になり、借金まみれで家すら無くなった。

俺たちは親戚に引き取られ、母親はどうなったか分からない。

後に調べたが、今でもその新興宗教カルトで元気に布教活動をしているようだ。


「...おぞましい」


何が神だ。

一番辛い時に救ってくれなくて、ただ崇めろ、金をよこせ。

そんな在り方はダメだ。

獣人は俺によって救われたかもしれないが、彼らの宗教を否定してまで俺を崇めろと言うのは、俺の人生を鼻で笑ったのと同義だ。

妹が聞けば、呆れるだろう。


「俺は頼れる、お兄ちゃんだからな...」


親戚の家に引き取られた俺たちは、肩身が狭い中頑張って大学まで行った。

思えば学費を出してくれた親戚には頭が上がらない。


「...くそ」


俺は目を開ける。

薄暗い常夜灯に照らされて、天井がちらりと見えた。


「あの娘たちには、もう同じ目に遭って欲しくない」


それが俺の願いだ。

妹は多分独り立ちしてるだろうし、この世界で俺がやるのは平穏な生活を送ること。

この城と生涯を終える事だけだ。


「明日から忙しくなるな」


俺は宗教を否定した以上、信仰から離れた統治体制を築く必要がある。

理性ある現代人でも、なかば神秘的じみた側面を持つ政治を行うこともある。

俺は目を閉じ、再び眠りについた。







『――――お兄ちゃん!』

『どうした?』


夢の底で、俺は昔の夢を見ていた。


『うさぎさんの耳が取れちゃったの.....』

『ああ....貸せ、直してやる』


勿論俺が直せるわけがないので、回収して幼馴染の女の子に頼んで縫ってもらっていた。


『お兄ちゃんは何でも出来るね!』

『ああ、いずれお前にもできるようになる』


俺は妹の前では気丈に振る舞っていた。

学校ではイジメられていたが、それでも俺を助けてくれる人間はいた。

何より、妹の前で辛い顔は出来ない。


『お兄ちゃんは、いつもそう言うけど......』

『いつかはなれるさ、俺の言うことは絶対だぞ』


妹はいつも、俺の事を頼りにしてくれていた。

だが、それが悪徳だということに、それから殆ど経たずに俺は気付くことになる。


『俺は.......俺は完璧じゃないが、お前は完璧になれる。だから、俺の言う事は信じなくてもいい。ただ忘れないでくれ』


それから数年後、俺が妹の部屋から『お兄ちゃん語録集』を大量に発見して過ちに気付く。

その頃にはもう修正は出来なかったので、仕方なく俺自身が偉大になるように努力した。

イジメっ子共は証拠を押さえて教育委員会に突き出したし、俺自身も成績優秀者になれるように常に努力した。

そんな中で、ストレス解消としてとあるゲームにのめり込んで、ついに睡眠時間が足りなくなって倒れた。

最終的にそのゲームの全てを妹に譲って、もうすこし忙しくないSSCに乗り換えた。

結局は、妹に見せたくない敗北を晒したが。


「俺は.......」


もしこの世界に妹が現れたとしたら、俺のあげたあの船で俺の前に現れたら、その時は――――――

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