第50話 魔王の復活と張り巡らされた策略
その日は皆、疲れ切っていたと思う。
強者との戦闘、そして肉親と死に別れた者もいる。だから、それ以上進むのはやめて、近場の低層マンションを宿泊場所とした。
信乃ちゃんは泣き疲れて先に寝てしまっていて、それを心配した親帆さんが彼女についている状態である。
リビングに集まったのは、俺と小春と道世とむっちゃん。
改めて異世界の話、特に魔王の話をすることになる。
七塚信雄の言っていた『魔王がこちらの世界に復活する』という話が気になるためだ。
「異世界で、俺たちはたしかに魔王を倒した。塵一つ残さずに消滅させたんだよ」
誰も何も言えない。そうだろう。その事実を知っているのは俺だけなのだから。俺は吐き出すように話を続ける
「倒した魔王は、マドカという冷酷な魔物だった。あいつに何人の仲間が殺されたか!」
思わず、テーブルを強く叩いてしまう。その時の想いがこみ上げ、怒りで我を忘れそうだ。
「先輩。落ち着いて下さい」
「ああ、すまない」
「先輩が異世界から戻って来れたということは、向こうの誰かをこちらに転送することは不可能じゃないってことですよね?」
「そうだが、魔王は肉体すら残っていない」
魔王を倒した後、一番怨みを持つ賢者シカガがその死体を業火の魔法で焼き尽くしたという。
「召喚によって異世界に転移する場合と、亡くなることによって現地の人に生まれ変わる異世界転生というものがあります。もちろん、これは物語での話ですが」
転生といえば中二病の定番なのか、道世も話に加わる。
「異世界転生なら我も知っている。魂の転生術は、物語の中ではオーソドックスな設定だ」
「宗教観の違いかもしれないが、俺は転生は信じない。そもそも、転生ってなんだよ? 記憶ってのは、肉体に刻まれるものだ。その肉体なくして、どうやって記憶を維持するんだよ?」
ここでいう宗教観というのは、『神さま』というよりは『読んできた物語』の違いの方が大きいだろう。俺は小春や道世のようにラノベや漫画はそこまで好きではない。
もちろん、全く読まないわけではないので、彼女たちが言う異世界転生を知らないわけではなかった。
「ふせっち。七塚さんは、シカガって奴が魔王の復活を止めるって言ってたよな。言葉通りなら、魔王と同等の何かが復活するってことじゃないのか? この場合は魔王が『誰か』なんてどうでもいいだろ?」
むっちゃんの言っていることは筋が通っている。俺の知っている魔王ではなく、魔王と同等の脅威を持つ何かが生まれようとしている。それを魔王の復活と言っているのかもしれない。
「魔王復活の影響で、すでにいろいろと動き出しているのかもしれないな。この世界にゾンビが生まれたのも、そしてグールが超回復能力を持っているのも」
「先輩、これからどうするんですか?」
「どうするって言われてもな。情報が足りなさすぎる。この世界の魔王について、ほとんど何も知らないからな」
俺たちが倒したマドカでないのなら、どんな奴が魔王なのかもわからない。
「じゃあ、その賢者シカガって人にコンタクトを取るのはいかがでしょう?」
「あー……あいつ……策士なのに、わりと独断専行タイプだからなぁ」
異世界での奴の行動を思い出す。
「というと?」
「あいつの策の中で躍らされていたことが多いんだ。もちろん、それは魔王討伐の近道となったのだけど」
悪い意味では俺たちは、奴に振り回され利用された。最終的には魔王は倒せたのだから良しとしたが。
「軍師タイプなんですかね?」
「軍師ねぇ……そのわりには、俺たちにあまりアドバイスはくれなかったな」
なにせ、俺たちがどう動くかさえ、予測して計算に入れていたからな。
「よくそれで連携がとれてましたね」
「俺たちはシカガの行動は把握できないが、向こうは俺たちの行動をしっかりと把握してたからな。俺たちをコマにして、戦略を練るタイプなんだよ」
「おいおい、ふせっち。そのシカガって奴は信用できるのか? 実は魔王と繋がってるとか、洒落にならんぞ」
むっちゃんが心配そうにそう告げる。
「それはないよ。シカガの妹は魔王に殺されている。その復讐だけで動いていた奴だ。魔王の肉片すら残さないくらい、怨みを抱いている」
「そっか、まあ、それならシカガって奴がオレたちの敵になることはないか」
むっちゃんのその言葉に、素直に肯定できない自分がいた。
前回シカガとは、妹を殺された復讐もあったから『魔王討伐』という俺たちの目的は一致した。だけど、今回の魔王があの魔王とは別人であるならば……。
考えていても仕方が無い。本当に情報が足りない。
「まあ、そんなわけだから、たぶん俺たちがどう行動するからは予測がついているだろうし、戦略に組み込まれている。必要があれば、向こうから近づいてくるはずだよ」
その時に話すしかない。
「で、先輩はどう行動するんですか?」
「これまで通り、目標は変わらない。大洗に行って農場を引き継いでスローライフ計画を進める。そして余裕ができたら土浦に行って魔法樹の存在を確かめる」
「そう簡単には辿り着きそうもないですけど」
「邪魔する奴はぶっ潰すだけだよ」
「そうだな。オレたち最強だしな」
むっちゃんがそう言って笑った。
不意をつかれた七塚さんとの戦闘以外は、苦戦はほとんどない。最初のホードは手間取ったけど、魔力共有の合体技があれば、ゾンビの千体や二千体怖くない。ゾンビがグールになったところで同じだ。
目的地も目標も変わらない。
ここが終末世界だろうが、俺は俺のペースで生きてやる!
**
夕食を食べたあと、ベランダで一人ぼんやりと夜空を眺めていると人の気配がする。
振り返ると信乃ちゃんだった。
「……」
彼女は何か言いたそうな表情で俺を見ている。
「どした? 何か用か?」
「……あ、あの……お礼が言いたくて」
「お礼? 信乃ちゃんは俺を恨まないのか?」
君の父親を殺したのは俺だからな。まあ、むっちゃんや親帆さんや、信乃ちゃん本人に殺させるよりはベターな選択だとは思っている。
「複雑な気持ちです。でも、お父さんはサトミさんに感謝してました。だから、その……ありがとうございます」
「お礼はいいよ。それより信乃ちゃんはこれからどうするんだ?」
「これから……ですか?」
「お父さんを見つけるという目的はもう失った。無理についてこなくても、どこかのシェルターで幸せに暮らすという選択もある」
「たしかにそれもありかと思います。でも、あたしはお父さんからこれを受け継ぎました。これはもともとサトミさんのものなんですよね?」
信乃ちゃんは父親から受け取った刀を前へとかざす。
「ああ、異世界に置いてきた俺のものだ。けど、返さなくていいよ。だから信乃ちゃんが使えばいい」
「ありがとうございます。ならば、この剣で私自身を守ると同時に、サトミさんと一緒に戦います」
真剣な目で俺に告げる。決意表明のようなものだろう。
「修羅の道だぞ」
「お父さんが言ってたじゃないですか。この世界に魔王が出現するって。だったら、それを倒さないことには、あたしの幸せはは掴めません。そのためにもサトミさんに協力するのが一番の近道なのだと思います」
「わかった。信乃ちゃんの決意はきちんと受け止めるよ。君は俺が絶対に守るから」
俺のその真剣な台詞に、信乃ちゃんが急に顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。
「は、はい。よろしくお願いします」
そういって、逃げるように去ってしまった。あれ? なんか誤解されたような……。
「せんぱーい。完全にプロポーズですね」
小春がひょいとベランダに顔を出す。立ち聞きしてやがったな。
「プロポーズじゃねえよ」
やべえぞ。このままじゃ小春のペースに呑まれる。いや……こちらにも、それなりに反撃できるネタがあったっけ。
「そういや、小春。おまえ、演劇もかじってたのか? 昼間の戦いでの『あの演技』は凄かったよな」
人格喪失した七塚さんに人質にとられた時の『あの演技』だ。
「そ、そうですか?」
わざとらしく目を逸らし、少し動揺の色が窺える。これはイケるか?
「迫真の演技だから、告白されてドキっとしちゃったよ。まあ、演技ってのはわかってたけどさ」
「そ、そりゃ、あそこで照れてたら演技だってバレますし」
平静を装おうとしているのだろうが、耳は真っ赤になってるし、恥ずかしがっているのがバレバレだ。
「さすが文学少女。台詞まで自分で考えてるとはな」
「そ、そりゃそうですよ。わたしだって物書きの端くれですからね。脚本くらいなんてことないです」
「小春って、演劇とか映画の脚本とか書いたことあったっけ?」
「……」
俯いて声に詰まる小春。勝ったな!
「まあ、そういうわけで俺はもう寝るわ。明日早いだろ」
そう言って部屋に戻ろうとした時だった。袖口を彼女に掴まれる。
「先輩。わたし、嘘吐いてました」
急に真面目な顔になって俺を見つめる小春。
「え?」
「さすがのわたしも、アドリブで脚本なんて書けません」
袖を握る手がギュッと強くなる。
「……」
「あの告白はわたしの本当の気持ちだって言ったら、先輩はどうしますか?」
「……」
小春の真剣な眼差しに耐えきれず、俺の方が視線を逸らしてしまう。
「先輩は答えてくれますか?」
彼女の手は俺を逃がそうとしない。答えを聞くまではこの場に止めておきたいのだろう。
「……いや、その……なんというか」
「先輩は、わたしを守ってくれないんですか?」
そういえば、小春が声をかけてきたキッカケって、信乃ちゃんに『君は俺が絶対に守るから』って言ったことだった。
小春の告白が本当ならば、俺はそのことに真摯に向き合わなければならないのか?
「俺はおまえだって守るよ」
「もし、わたしと信乃ちゃんが離れた場所でピンチの時、先輩はどちらを助けるのでしょうね?」
ジト目でそんなこと言ってくる小春がちょっと怖い……というか、これって俺、反撃されてないか?
「……」
何も言えなくなった俺の反応を見て、小春はニヤリを笑う。
「ま、わたしにはこの指輪があるし、グリちゃんもいるからなんとかなるんでしょうけどね」
小春は自分の左手の中指に填まった指輪をちらりと見て、そう呟く。
「……そういう状況にならないようにするのが俺の役目だよ」
思わず真面目に答えてしまう。本当なら小春のために何か気の利いたことを言わなければならないのだろう。
いつもの仕返しにと、小春に反撃したらカウンターパンチをくらった感じだ。
俺が神妙な顔になっていると、小春がさらにニヤニヤと笑い出す。
「すいません。ちょっとからかいすぎました」
そう言って小春は舌を出して笑う。
「まあいいけど」
「先輩は、誰か特定の人を守る必要はないですよ」
「どうしてだよ?
「だって、これからどんどん仲間は増えるんですよ。八犬伝を元にしているなら、少なくとも、あと3人です」
そうだな。俺は一人しかいないし、みんな何かしらのマジックアイテムを持つことになる。俺が気負って特定の誰かを守ろうとする必要はないのかもしれない。
「人数が増えれば増えるほど、俺たちのパーティーは強くなっていく」
「そうです。仲間同士でカバーしあえばいいんですよ。だから、先輩はドンっと構えていてください」
そう。仲間が増えることで、重荷になるどころか戦力増強になる。今の状況でもゾンビやグールたちに優位だというのに、これからどんどんその差は広がっていく。
その気になれば、荒廃したこの世界を支配することも可能だ。
「ん?」
そこで、シカガのことを思い出す。奴は戦略家だった。俺らをコマ扱いするような。
「どうしたんですか?」
「そういや、俺をコマにするんだったら、俺の戦力増強は必須だよなぁ。そして、一人で戦わせるより、パーティーを組ませた集団戦の方が強いのはセオリーだ」
この世界には、リリア姫も英雄もいないのだから。
「ああ、なるほど。今回のこの八犬伝的なシステムは、シカガさんの企みということですか?」
相変わらず小春は頭の回転が速い。
「可能性は高いぞ。というか、こんな芸当は魔法を使える奴にしかできないって」
「でも、先輩はシカガさんのことは信用してないんですよね?」
最終的に魔王は倒せたけど、納得のいかないこともあったからな。
囮役にされることもあったし、助けられる人たちを見殺しにしなければならないこともあった。
「信用していないというか、一方的に利用されていたからな。憤りも多かったよ」
向こうもこちらを信用していないのだろう。だから、張り巡らした策をこちらに伝えないことも多々あったのだ。
「どんな人なんですか? 先輩の異世界談義でもほとんど出てこなかった人ですよね」
「会ったのは3回だけだよ。召喚された時にリリア姫の隣にいたのを見たのと、俺が修行という名の冒険者家業から卒業して、魔王討伐部隊に合流した時にちらりと見かけた。あとは、魔王を倒した後の、戦勝パーティーだ」
顔はなんとなく思い出せる程度だ。
「ということは、話したことはあまりないと?」
「そうだな。戦勝パーティーの時に、文句を言ったくらいだ」
「あはは、まあ一方的に利用されたんですもんね」
小春は人ごとだと思って大笑いする。
「勝つためなら手段を選ばない男だからな」
「先輩も同じ感じじゃないんですか?」
「まあ、理解できる分ムカツク奴だよ」
「同族嫌悪ですね」
心にぐさりと何かが刺さる。
「否定できないのが悲しいなぁ……」
「じゃあ、悪い人じゃないんですね」
「どういう判断基準だよ?」
「先輩に似てるなら、そうでしょ?」
「俺に似てるっていっても、昔の俺だぞ」
「あー……やっぱり前言撤回です」
どんだけ昔の俺の事嫌ってるんだよ。
「まあ、魔王の復活に関しては、奴が何か手を打つとはずだ。コマ扱いされるのは癪だが、どうせ排除しなきゃいけない敵なら、効率的に戦えればいいと思うよ」
「大洗まで、無事にたどり着けますかね?」
不安要素はいろいろあるが、そもそも俺たちは魔法が使えるというアドバンテージがある。それはある意味チートではある。
ゾンビは弱すぎて無双しがいがないが、魔王軍相手なら退屈はしないだろう。
それに、これから出会える仲間にも期待だ。
置いてきたアイテムで想い出深いものはいくつかある。
次は、どのアイテムが返還されるのかとても楽しみだ。
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