第48話 決着


 かわいそうであるが七塚信雄はロープでグルグル巻きにして動けないようにした。さらに、その状態で首から下を土に埋める。


 いささかシュールな状態だが、オレたちがここを発ったときに、なるべく七塚信雄と距離をとるためだ。


 その後の運命は、誰にもわからないだろう。人間に見つかって殺されるかもしれないし、グールに助けられて仲間に加わるかもしれない。


 いちおう俺たちは、信乃ちゃんが父親と話す場所から席を外す。完全な部外者だからな。


 念のために、肉親である親帆さんと、護衛役にむっちゃんを近くで見張らせた。


 親帆さんには、七塚さんに豹変の兆候があったら薬を打ってもらうことになっている。


 そして彼の武器である日本刀は取り上げて、今は道世が持っていた。「妖刀村雨だ」って興奮しているようだが、本物なわけはないよな?


 15分くらい経った頃だろうか、むっちゃんから呼ばれる。


「ふせっち。来てくれ」


 俺が近づくと、七塚信雄は顔を歪ませながら暴言を吐き出す。


「ここはどこだ? ガキ」


 それは信乃ちゃんへ向けられた言葉だ。彼女はショックを受けていた。薬は予想通り効かなくなっている。


「どうしてワシはこんな状態なんだ? ふざけるな! どうなるかわかってるか? 皮を剥いで内蔵を引き摺りだして、目玉をくり抜くぞ」

「……」

「ここから出せ。ワシを誰だと思っている。ワシは……ワシは」


 もうこれは別人だ。


 信乃ちゃんの顔を見ると父親から目を背け、悲しい顔をしている。


「行こうか」


 俺は七塚信雄の言葉を無視して皆に告げる。


「ほら、信乃も行くわよ」


 親帆さんが信乃の肩を優しく抱く。


 俺たちの一団は彼を残し、その場を去った。


 しばらく歩く。


 七塚さんを埋めた場所から、一キロくらいは離れただろうか。


 そんな時に、異変が起こる。それは、道世の持っていた刀から始まった。


 金色こんじきに光りだした刀は、鞘ごと道世の手を離れ、空に浮かぶ。そして、持ち主の元へと戻るように七塚信雄のところへと飛んでいった。


「これは、まずいかもな」


 そういや、あの刀の秘密を俺たちはまったく知らない。あれは、魔法無効化のスキルで苦戦したあのゴーレムを、難なく一刀両断したのだ。


 俺の持っていた物とは全く別のマジックアイテム。


 特殊能力を持つ者が、俺たち以外にいてもおかしくはないのだ。


 しばらくすると、何かがこちらに向かって走ってくる。


「むっちゃん!」

「わかってる!」


 現れたのは、刀を持った七塚信雄。縛っていたロープはすでに解かれていた。


 振りかぶった刀が信乃ちゃんを襲うが、それをむっちゃんが拳が受け止める。


聖衣蒸着ホーリー・クロス


 全員にもう一度防御魔法をかけ、臨戦態勢に入る。


「インフェルノ!」


 道世が魔法を打つが、特殊な刀で魔法攻撃が相殺される。


 あの刀をなんとかしないと。


 とはいえ、攻撃が激しいし、動きが達人のような速さなので、刀を奪い取るなんてできない。


 誘導効果のある炎系の最大魔法を使えば倒せるかもしれないが、そのためには魔力共有が必要。


 でも、七塚信雄にかき回されて、俺たちはバラバラにされてしまっている。


 合体技を仕掛けることすらできない。


 刀の使い手ということもあって、動きは達人級の素早さだ。


 ちくしょう。詰みか?


「キャー!」


 小春の悲鳴があがる。彼女は七塚に捕まり、左腕で首を掴まれて人質のようにされている。


「こいつの首を折られたくなければ全員攻撃を止めろ」


 大丈夫だ。彼女の聖衣蒸着ホーリー・クロスは、まだ30分以上は効果が残っているはず。


「せん……ぱい」


 苦しそうに顔を歪ませた小春。だが、彼女が俺に向かってウインクをする。


 そうか。


 グリちゃんを突っ込ませれば七塚さんを怯ませることもできる。その気になれば逃げられる……なのに、それをしないということは。


 俺は道世の元へと走り、その耳元に作戦をぼそりと伝える。そして、真正面から七塚さんを見つめ敵意を向ける。


「小春を離せ!!」


 手を前方に向け「魔法を撃つぞ」的なポーズで敵を睨み付ける。


 俺、演技はあんまり得意じゃないんだけどな。


「せ……んぱい」

「この小娘を殺されたくなければ武器を捨てろ。その変な魔法みたいな技をやめるんだ」

 七塚は小春を盾のように前に突き出し、刀を彼女の首に当てて俺たちへとそう要求する。


「せんぱい。お願い、わたしごとこの男を撃って」

「そんなことしたらおまえは」

「いいの。みんなに迷惑をかけるくらいなら」

「小春」

「せんぱい……大好きでした」


 おお、迫真の演技だな。おまえ、脚本だけじゃなくて女優もいけるんじゃね?


「わかった。おまえの犠牲は忘れない。おまえごと、そいつを撃つ」

「おい、ガキ、こいつは仲間じゃないのか?」


 七塚が想定外の俺の行動に混乱しかかっている。


「小春。仲間のために死んでくれ。聖槍ホーリー・ランス!!」


 金色の槍が腕の先端へと現れる。それは輝きを増し、そして目標へ向けて飛んで行った。


「ふせっち、なんてことを」

「やめて、サトミくん」

「いやぁああああ」


 事情を知らないむっちゃんと親帆さんと信乃ちゃんが絶叫する。


 そして、黄金の槍は小春の身体を貫いていく。


「馬鹿が。こいつを盾にしてワシが逃げればいいだけだろうが」


 七塚は、小春を突き飛ばして俺の放った魔法にぶつけ、自分は逃げていた。


 だが、彼の右腕が燃え上がって炭になり、持っていた刀ごと手首からぽとりと地面に落ちる。


 彼の死角に移動した道世が、魔法を放ったからだ。


 すぐにその刀を道世が拾う。そして、舞うようにして刀を振るい(そういえばさっき練習してたな)彼の首を落とした。


 落ちた首は粉々になって砕け散る。いや、普通は落ちただけで粉々にはならないだろう。


 異変を感じて、俺は構えを解かない。そして道世に指示をする。


「道世。戻ってこい。七塚が復活するぞ」


 そう。グールの弱点はゾンビと違って頭部ではない。心臓部分に特殊な細胞が出来上がっていて、そこを潰さない限り回復されてしまう。


 実際、切り落とされた首の付け根の部分が徐々に盛り上がってきて、頭部になりつつある。


「主。次の指示を」

「刀を貸してくれ」


 道世から七塚の刀を渡される。思ったより軽かった。そして、妖しく光る刀身。この雰囲気、どこかで見たことがあるのだが、なんだっけ?


「先輩。どうするんですか?」


 いつの間にか隣に来ていた小春が聞いてくる。


「あれ? 小春ちゃん」

「え? 無事なの」

「小春お姉ちゃん。大丈夫なの?」


 事情を知らない三人が驚いていた。そりゃそうだ。俺のど派手な魔法に身体を貫かれたところを見ているのだからな。


 でもあれは、アンデッドのみに有効な神聖魔法。生きている人間にはまったくダメージはない。


 俺は七塚さんに近づく。


 そして躊躇することなく、その心臓部に刀を刺した。そして、優しく抜き去る。核のある場所は、グールとの何度かの戦闘で把握できていた。


「信乃ちゃん。俺を恨んでくれて構わないよ」


 再生しようとしていた細胞が止まる。これで七塚信雄は死に至るだろう。


 頭部は中途半端な再生で止まったので、まるでゾンビの顔のようだ。グロさはあるが、恐怖は感じない。何か優しさを感じる表情だった。


「ありがとう。サトミくんだったね。礼を言う」


 七塚さんが正気を取り戻したようだ。だが、もう遅い。


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