第42話 七塚信雄
成田にあるシェルターに立ち寄る。
駅の近くにある小学校を改修したオーソドックスなシェルターだった。『ミドル・ビレッジ』と看板が掲げられている。
入り口の見張りの人間に、西船橋シェルターの五十嵐さんの名前を言って入れてもらうことにした。
対応してくれたのは三好という40代くらいの女性だ。彼女がリーダーらしいが、看板の名前と違っているのはリーダーの交代があったからだそうだ。
小春から聞いた話では、リーダーの交代はよくあるそうだ。だからこそシェルターの名前には英語でもじった名前を付けて、リーダーが交代しても違和感がないようにするとのことである。
「こちらへどうぞ」
俺たちは会議室のようなところに通されて、そこで話をすることになる。
これまでの経緯と(魔法の話は伏せておいて)、五十嵐さんからの伝言を伝えると、目を閉じ、何かを考え込むような表情のあとに小さく「ありがとう」と礼を言われる。
「あなたたちは、ここシェルターで暮らすことも可能よ。ただ、ここに所属するにはテストに合格しなければならないけど」
なるほど、無条件で受け入れてくれる所ばかりじゃないということか。
「いえ、俺たちには向かうべき目的地があるので、長居はしませんのでお構いなく」
「そうなの? あなたたちなら余裕でテストに合格しそうだったのに」
「それよりも物資の物々交換とか可能ですか?」
「あら、それは良い提案だわ」
探索で得た物資をこれからの旅路に必要な物と交換する。途中のホームセンターやらモールに寄ってきたかいがあるというものだ。
「ありがとうございます」
「こちらも助かるわ。物資調達は危険が伴うからね。ゾンビだけじゃなく、ここらへんにはグールもいるし」
「グールに関して、何か情報がありましたら教えて頂けるとありがたいです」
「そうね。鹿島のあたりに、やつらの大きな拠点があるから気をつけた方がいいわ」
「鹿島ですか」
それは大洗の手前だ。まあ、事前に大掃除ができるなら、理想郷計画にも影響はないだろう。
「他に何かあるかしら? 遠慮無く聞いていいわよ」
俺は右隣のさらに隣に座っている信乃ちゃんに視線を送る。
視線に気付いた彼女が、躊躇しながらも、三好さんに問いかけた。
「あ、あの……父を……
三好さんの顔が一瞬、鬼のような形相になったのを見逃さなかった。場の空気に緊張感が走る。
「グループのリーダーはあなただったわね?」
俺の目をまっすぐ見て、三好さんがそう確認してくる。
「はい。そうですが」
「七塚のことに関しては、秘匿情報も含まれているの。あなただけに話すのであれば情報を教えてもいいわよ。どうする?」
秘匿情報だというのに、俺だけに話すって……。俺が仲間に話したら意味はない。初対面の人間をそこまで信じているわけでもないだろう。
これは何か裏があるのか?
「わかりました。お話をお伺いをしてもよろしいですか?」
「ええ、では上の階に移動しましょう。付いてきて」
三好さんに案内された部屋は8畳ほどの狭い部屋で応接室のような場所だった。窓際に大きなデスクがあるので、校長室として使われていた部屋だろうか。
二人がけソファーが二つと、ローテーブルが部屋の中央部に置いてある。
「座って」
「はい」
ソファーに腰を落ち着けると、三好さんも向かい側へと座る。
「あなたは七塚信雄のことを知っているの?」
「いえ、信乃ちゃんの父親ということくらいしか知りません。あの子も、母親が離婚した関係で、しばらく会っていないって言ってましたから」
「じゃあ、しかたないわね。あの子にも罪はないのだから」
「……」
三好さんの表情をうかがい見る。怒っているというわけでもなさそうだ。わりと複雑な顔をしていた。
「ごめんなさい。あなたにはわけがわからないわよね」
それでも、七塚の名前を出したときの彼女の表情がすべてを物語っているのだろう。
「なんとなくですが推測はできます。七塚信雄は、あなたの敵なんですよね?」
「あら、勘のいい子」
「事情を話していただけますか?」
「ええ、そのつもりよ。だから、あなたを呼んだの」
やはりそうか。そして、ここでの話を信乃ちゃんにするかどうかは俺に一任するということだ。それが彼女を傷つけるかもしれなくても。
「さて、どこから話そうかしら。そう、私と七塚は同僚だったのよ。感染症センターのね」
「医者だったんですか?」
「そうね。医学知識はあるけど、正確には研究者といったほうがいいわね」
「医者というよりは科学者ですか」
「こんな世界になる前は、病原体を解明し、それを防ぐことを研究していたの」
「じゃあ、ゾンビ化する病原体についても研究なされていたんですね」」
「ええ、そうよ。あのゾンビになる感染症、いえ、あれは菌でもウイルスでもないわ。寄生体と言った方がいいわね」
「人間の脳に寄生してそれが人体を動かしているんですよね。だから、あんなぎごちのない動きをするんですね」
俺が今まで倒してきたゾンビから分析した見解だ。
「あら、よく知っているじゃない」
「ゾンビと戦って、赤いスライム状の物体が死体から逃げるのを見たことがありますから」
「そう? でも、普通に倒せば、彼らは死体も残らないはずだけど」
「……」
そういえばそうだ。俺が
「まあ、いいわ。今はそれが本題じゃないものね」
「話を進めてください」
「そう、同僚だった私と彼は、ゾンビが現れてからはその感染症について研究していたの。ところが、感染源は菌でもウイルスでもなく、寄生体だった。しかも、人類史上、未確認の生物なの。これはどう考えても地球上のものじゃないってのが、一部の人たちの見解だったと思う」
「まさか、隕石か何かで宇宙から飛来したとか?」
小春が言っていた。始まりは三箇所で見つかった隕石だと。
「その説もあったわ。けど、それだとおかしいのよ。感染症の発生は、ほぼ同時に5箇所の都市で始まっている。パリ、ヨハネスブルグ、香港、ニューヨーク、サンパウロよ」
「隕石が落ちた場所から、だいぶ離れていますね。じゃあ、寄生体はどこから来たんですか?」
「それに関しては私にはわからないわ。そもそも専攻は感染症であって、生物学は専門外。寄生体の対策は考えられるけど、それがどこから現れたかは基本的な知識がないからわからないの」
「まあ、そうでしょうね」
「私たちに課せられたのは、寄生体を身体から排除すること」
「それで薬の開発を行っていたんですよね」
「そう。あの悲劇が起きるまでは順調だったの」
「悲劇?」
「私と七塚がいた研究所は、半年前にバイオハザードが起きたのよ。逃げ出した寄生体がゾンビを作りだして、そこからさらに感染が拡大。施設も廃棄されてしまったわ」
半年前というと、すでに国は崩壊しつつあったか。建て直しも対策もままならない状況だったのだろう。
「三好さんもその場にいたんですか?」
「私はちょうど出張中だったの。現場にいたのは七塚よ」
「じゃあ、七塚さんはその事故で亡くなった。いえ、ゾンビ化したと?」
「そうともいえるし、そうでないともいえる」
「どういうことですか?」
「今から、ある動画をあなたに見せるわ。研究所のセキュリティから復旧したデータよ」
三好さんは、タブレットPCの電源を入れて画面をこちらに向けた。
「まさか、七塚さんの最期が映っているんですか?」
何を見せようという気なんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます