第34話 仁愛
拠点内に入ると、大型動物でも入れるような檻が複数ある。その中にさらわれたと思われる人たちが横たわっていた。
「人質の扱いが酷いです……」
小春がそんな感想をぼそりとこぼす。
「人質というより家畜くらいにしか思ってないんだろう」
グールが食人であるがゆえの価値観なのだろう。自分たちに人間とは永遠にわかり合えない存在だ
俺たちは、檻の中にいる人たちに声をかける。
「大丈夫ですか?」
だが誰も反応はない。皆、床に寝転がった状態で小刻みに身体を震わしながら呻き声を上げている。
「ゾンビ化する兆候が表れていますね」
前に小春から聞いた通りだ。身体が痙攣し始めて、白眼を向くという反応だ。
「まずいな。とりあえず、チカホさんを見つけないと」
たしか黒髪ロングで美人だったが……。わりと女性も多く、長い髪の人もそれなりにいる。しかも皆目を閉じているので、顔の感じがわかりにくい。
「特定は難しいですね。けど、この『手の文字』が反応する人って考えれば」
「小春はわかるか?」
「えーと……その左の檻の真ん中……違う、拠点の外? なにこれ? 反応が二つ」
小春が混乱したように告げる。位置を特定できないだと? どうしたんだ?
「おい、落ち着け、ここにはむっちゃんや道世もいるんだぞ」
俺がそう言うと、彼女は目を瞑り、落ち着いて深呼吸をする。
「そうでした。えーと……左の檻の真ん中に寝ている女性です」
「サンキュ-、小春。あとは見張りをよろしく」
「わかりました」
檻に付いている扉を強引に引っ張って壊すと、中に入り倒れている女性に魔法をかける。
この人にも何か薬を打たれて、強制的にゾンビ化しかかっているのだろう。
とりあえず解毒魔法で危険な薬を排出しないと。
「
間に合えばいいが。
「……んっ」
ぐったりとしていた身体がビクリと動く。そして、腕にあった注射の痕から、血のような赤いどろっとしたものが吹き出てきた。
それはうねうねと動き、どこかへ逃げ出そうとする。
「
念のため、炎で焼き尽くす。
「チカホさん、大丈夫ですか?
おれは彼女に声をかけながら、続けて治癒の神聖魔法をかける。
「んんっ……あなたは?」
チカホさんが目を覚ました。
「むっちゃん……六飼現喜の友人です。助けに来ました」
「え? ゲンちゃんが来てるの?」
「はい、あなたをどうしても助けたかったみたいですよ」
彼女と話しながら、その左手を確認する。
赤い文字。やはり彼女にもあったか。
「ちょっと失礼」
彼女の手を取り、その文字に触れる。
それはラマスカル語で『シスイ』と読む。意味は『仁』。日本語として訳すなら他人に対する親愛の情、優しさ。仁愛、慈愛などを表す。
そして、お約束の暗転。
◇◇◇◇
懐かしい香りがする。
「身体の具合はどう?」
この人は教会のシスターでもあるソフィアさん。教会で焚かれるお香のせいだろうか、とても印象的で優しい匂いがする。
これは、とある戦いで全滅しかかった時の記憶。魔王討伐のためにリリア姫や英雄たちとパーティーを組む前のことだ。
リーダーであったカトリナはもういない。敵の罠にはまって俺たちを逃がすために犠牲になった。
強い魔物との戦いで、全員が瀕死となり、俺は最後の力を振り絞ってヘレンを助けた。その彼女は、俺を背負って街の教会へと駆け込んだのである。
「俺は、修練度が低いからみんなを救うことができなかった」
俺が悔やんでいると、ソフィアさんの顔が近づいてくる。
「自分を責めてはいけません。それにあなたはヘレンさんを助けたじゃないですか」
「けど、撤退するタイミングをミスったんだ。俺の責任でもある」
カトリナの仇を討とうと無理をしたのがいけなかった。みんな熱くなっていて、それを止められなかったのだ。
「間違えたことを認識できたのなら、あなたはまだ成長できるでしょう」
「けど、こんな未熟者の俺に、誰が付いてくるんだよ? 広域回復魔法さえ使えないのに」
カトリナから託されたパーティーだというのに。
「誰だって間違いは犯します。そして、誰だって最初は未熟です」
「でも、俺のせいで仲間が死んだ」
「自分を責めてはいけません。次は間違えないようにして、仲間を救えばいいのです」
「でも……」
「しかたがないですね。あなたにはこれをあげましょう」
ソフィアさんが差し出したのは女神アノシスを象ったペンダント。
「え? これはソフィアさんのでしょう? それに俺は神に祈らないという『ダメな
「神に祈っても神は何もしてくれません。人事を尽くしてこそ、神は助けてくれるのです」
「祈らなくていい?」
「ええ。このペンダントは広域回復魔法をかけられるマジックアイテムです。ただし、回数制限はあります。そうですね、あと3回ほどですかね」
「あ、ありがとうございます」
どういう意味で、授けてくれるのだろうと首を傾げる。
すると、ソフィアさんはこう告げる。
「これは、すぐに使っていい物ではありません」
「え? どういうことですか?」
「あなたが修練して魔法を習得するまでの繋ぎです。ですけど、これが必要になる状況に陥ってはいけません。これを使わなくてすむように努力してください。そうすれば、いざという時に神はあなたに微笑みます」
優しい笑みで俺を見る。まさに癒やしの女神のような女性だった。
そして視界は現実世界へ。
◇◇◇◇
「え? なにこれ?」
彼女の左手には、女神を象ったペンダントが握られている。
「あとで説明しますから、脱出する用意を」
「先輩! ゾンビが大量にこっちに来るんですけど」
グールには陽動にかけられたが、ゾンビまでは手が回らなかったか。いちおうグリちゃんが奮闘し、小春もモデルガンでなんとか対抗している。
「しかたがない。小春戻ってこい。ゾンビは俺が処理する。
これでしばらくは寄ってこないだろう。そう思っていたら、檻の中に入っている人たちが苦しみ出す。
まさか、みんなゾンビ化しているのか?
「ヤバい! 撤退だ」
俺は小春に指示を出す。
「はい」
「チカホさんも早く」
「シノ! シノ!」
だが、チカホさんは動かない。
隣で苦しんでいるセーラー服を着た中学生くらいの少女に、彼女は涙ながらに必死になって呼びかけている。
身内なのか? だったら、やるだけのことはやるか?
「
魔法が効いたのか、その少女の鼻から血液のようなものが地面に落ちる。
マズいな……最初に倒したゾンビと同じじゃないか。毒素か寄生体かわからないが、これでは脳にまで達していたってことになる。
その落ちた血液は生物のように、どこかへと逃げようとしていた。
「
念のためにその逃げようとした血液も
チカホさんは紙一重のタイミングで助かったということになるが、彼女の妹は間に合わなかったのか?
「シノ? シノ!」
泣き叫ぶように、動かなくなった彼女を強く抱き締めるチカホさん。いたたまれない気持ちになる。
蘇生魔法を試すべきか?
だが、成功率は低い。
そんな魔法を使ったら、俺は大量の魔力を消費する。その場で動けなくなった俺は、小春やこの人を守る事ができない。助けられてもシノという子が一人。
祖母を無理やり助けようとした『過ち』をまた犯すのか?
冒険者パーティーが全滅しかけた時の『過ち』を繰り返すのか?
オレには仲間の安全を第一に考えなければならない義務がある。
判断を間違えてはいけない。あの日、誓ったことだ。チカホさんが持つペンダントを見ながらそう思う。
「先輩……」
俺の心を読んだかのように、小春が悲しそうな顔をした。
このまま諦めていいのか? いや、まだ手はあるだろ?
人事を尽くしてこそ神は微笑む、とソフィアは言っていた。
神など信じない俺でも、奇跡を起こしたくなる。
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