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 逃亡生活も早数日。

 途中で村を見かけたこともあったが、特に用事はないのでスルー。依頼もなく旅をしていた時は、ふらりと寄った村で依頼をこなしたり、こなさないでをいろいろ作ったりした。だが、今は当然そんな余裕もない。


「ムンナちゃん、体調は大丈夫?」

「うん、平気。あ、お水もらっていい?」

「はい、どうぞ。体調が悪くなったら、すぐに言ってね」


 ここ数日、二人の間でこんな会話が増えた。旅に慣れていないムンナを気遣ってのことだろう。

 ルルにはログの加護があるため旅をしていても、無理に走り回ったりでもしなければ疲労を感じないらしい。

 だがそれは反対に、他人の疲労度合いを推し量るのが酷く難しいということでもあった。

 現にムンナは旅が始まってから、夜に起きたり、その影響か昼間眠そうにしていたりもする。

 

「ルル」


 もう少しで夕暮れに差し掛かりそうな頃。ムンナと並んで本を読んでいたルルに声をかける。

 俺が何か言う前に、灰筒が止まったようで荷台が止まった。

 それで、察したようでルルがフードを被り直す。


「ムンナちゃん、頭を低くして伏せていてね」

「え?」

「敵襲だ」


 ルルと一緒に荷台から降りる。

 先の方に正面に十人ほどの人影。それが立ちふさがるように立っていた。

 野党や盗賊のような身なりではあるが、アイツらは冒険者は狙わない。返り討ちに遭ってしまえば損しかないのだから当然と言える。


「灰筒くんは、待っていてね」


 そう言って、ルルは灰筒が自由に動けるようにしていた。


「ルルも中にいていいんだぞ」

「いえ、気になることがあるので」

「生け捕りは一人でいいか」

「できれば二人ほど」


 二人残しということなので、ルルお手製の魔石爆弾での一掃は止めておこう。


「道を開けてはいただけませんか?」


 ルルが距離のある相手にも聞こえるように声を張る。

 しかし、返ってきたのは言葉ではなく、嘲笑混じり薄気味悪い笑い声だった。

 そして、雄たけびを上げて向かってきた。

 

「無理そうですね」

「行ってくる」

「お気をつけて、『符術:防護壁』」


 俺に魔力をわたすと、ルルは術符で荷台ごと覆ってその中に籠った。あちらの防御は任せてよさそうなので、向かってくる野党擬きに集中する。

 数は、全部で十一人。向かってきているのが七人、後ろのほうで弓を構えている奴が二人、杖を持っているのが一人、何もしていない親玉格らしい太ったのが一人。

 弓は無視でいいが、杖もちはダメだ。回復か攻撃、どちらにせよ面倒でしかない。

 

 一番最初に俺に切りかかってきた小柄な男の手から、剣を抜き取って杖もち目がけて投げた。胸を狙ったのだが、逸れて肩に剣が突き刺さった。やっぱり、投げる用のナイフじゃないと狙いをつけるのが難しいな。

 武器を失くして一瞬固まってしまった男の両鎖骨と、片足を踏み抜いて砕く。


「ぎっ…………⁉」

 

 お前は生け捕りだ。

 二人目、三人目は武器での攻撃をうけつつ、そのまま頭を掴んでぶつける。両者の頭がこれで砕けた。

 手に着いた血と脳を四人目と五人目に向かって、振り払って牽制する。目に入れば御の字で、入らなくとも何か飛んできたと思えば体は強張る。両名の掌底で下顎を砕いた。

 六人目は槍を構えていたが、明らかにビビっているし、七人目に至っては、こちらに背を向けて逃げようとしていた。最初こそ、飛んできていた矢も今は止んでいる。

 戦意喪失か。

 槍を構えている男に近づいて、穂先を握って引っ張る。

 その勢いのままに、前に出てきた顔を砕いた。

 その槍は逃げた七人目に向かって投げた。やっぱり槍は投げやすくていいな。わき腹を貫通していた。

 

「こ、交渉がしたい!」


 弓持ち二人と親玉の方に目を向けた直後、そんな言葉が飛んできた。

 一度、ルルの方を見れば、首を横に振っていた。変更はないらしい。


 走って近づきながら、飛んできた矢を掴んで回収。やけくそ気味に放たれたものだったので、速度も軌道も酷い物で、容易につかめた。肉薄と同時に、弓持ち二人の喉に突き刺す。


「助けて……」


 へたりこんだ親玉の男が、うわ言のように呟く。

 それを無視して、太腿を踏み抜いた。太い骨の砕ける音が足裏を通して伝わってくる。


「っっっっっっっ⁉⁉⁉⁉⁉⁉」


 痛すぎて声も出なかったらしい。

 男のもじゃもじゃの髭を掴んでひきずり、一人目の男をの元に戻って二人ともロープで縛り上げた。一人目の方は、鎖骨を砕いたからか、後ろ手に腕を縛る際に騒いでうるさかった。静かにしている親玉を見習ってほしい。


「もういいぞ」


 俺が声をかけると、ルルが術符で作った壁を解く。


「お疲れさまでした」

「あんたっ! 『女帝』だろ!? 悪かった、あんたが相手だって分かっていたら、俺たちもこんな仕事受けなかったんだっ!! 本当なんだ! 信じてくれ!!」


 今度は親玉がうるさくなった。

 ルルは、『女帝』と呼ばれたことに苦い顔をしつつも、マジックバッグからポーションと普通の麻袋を取り出した。

 そして、その麻袋に少しの食料と貨幣を男たちに見えるように入れる。


「あなた方を雇ったのは、だれですか?」

「それは……」


 親玉が言いよどむ。依頼主をばらさない程度の分別があるらしい。

 しかし、もう一人は違った。

 

「『グルスの鉤爪』って組織だ」

「おいっ!」

「なぁ、頭領。もういいだろ? オレたちは、捨てられたんだ! 認めろよ」

 

 そう吠える。

 話しが見えてこない。

 それはルルも同じだったようで、ポーションの蓋を開けて、吠えている男の両肩にかけた。バシャバシャと液体の跳ねる音が止むと、言い放つ。


「その話し、詳しく教えてくれませんか?」

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