138
スタンピードの開戦当日の早朝よりも早い時間帯。
まだ日は出ていないが、冒険者組合を筆頭に、街にも煌々と光がともっていた。
「ルルちゃん、起きますかね?」
「そのときはアンジー、任せた」
ルルは、またしても俺の背中で寝息を立てていた。
昨晩は今日に向けた準備として、買い込んだ材料をもとに作った新兵器と、俺のバンテージに手を加えたりと忙しそうにしていた。よく、間に合わせたと思う。
それらは、今は俺の背中とルルに挟まれた素材用のマジックバッグの中に入れている。
「別にいいですけど。それより、本当に、アレを掴んですか?」
「まぁ、実験してないから不安とは言っていたけどな。一回、使ってみて様子見る」
大丈夫だとはおもうけど、ルルにそうするように言われている。
「そういえば、戦闘の様子は魔道具で街中で中継されますから」
「なんでまた?」
遊びじゃねぇぞ。
「領主様からしたら、私兵の必要性を見せつけるいい機会ですから。あとで説明があると思いますけど、大きな目玉の魔物は攻撃したらダメですよ」
なにそれ。そういう大事なことは、昨日のうちに言ってほしかった。
でも、そうか、ルルも見ているかもしれないのか。俄然、やる気が出てくる。
組合には現在、殆どが救護班と呼ばれる冒険者たちだ。
そして、数少ない戦闘班に割り振られている冒険者たちにも、移動するようにアナウンス来た。
「ん、……んんっ……」
そのアナウンスでルルは目を覚ましたらしい。
「起きれるか?」
「ぞん、さん……?」
「そう、俺だ。そろそろ行かないといけないんだ」
ルルを降ろして、立たせる。
「………………わかり、ました」
未だ眠気眼ではありつつも、確かにそう言った。
「私たちはもう少ししたら、戦場に向かいます」
「あぁ。ルルを任せた」
「はい」
「ゾンさん、屈んでください」
「?」
言われるがままに、膝をつく。
すると、ルルが俺の頭を両側から鷲掴みにした。そして、額に小さく口づけをした。
「行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます」
事前に教えられていた門の前まで行くと、一瞬、門番に武器を向けられそうになった。すぐに俺の腕に巻かれた朱色の布に気づいてくれたが、ルルといないとこんな感じになるのかと、少し驚きだった。
街から離れたところに、冒険者の集団はいた。別のところにも領主の私兵と思われる集団もいたが、そっちは装備が全員揃っていたので、違うとすぐに分かった。
そ冒険者たちにもジロジロと見られながら、集団の中をフラフラと歩く。『霧の者』とか言う、冒険者をさがさないといけないのだけど……。
「あっ! 君、組合長の言っていた使い魔?」
駆けよってきた若い女性が、俺を指さして言った。
長い髪を片方から垂らしており、黒いローブを纏ってはいるが、その下はやけに露出が多い。スタイルの良い胴体に至っては、臍や鼠径部が見えている。防御力という言葉をご存じでない?
「アンタは、『霧の者』?」
「おぉ、本当にしゃべってる。そう、ヒルダよ。攻撃魔術師をしているわ」
「よろしく。俺はゾンだ」
「ゾン君ね。ついてきて、仲間を紹介するわ」
連れて行かれた先には皮鎧を身に纏った青年と、灰色のローブを纏った女性がいた。全員、ヒルダと名乗った女性と同い年くらいに見える。
「ジン、連れてきたよ」
青年が俺たちの方を向いた。彼が、ジンというらしい。
一拍、遅れて灰色のローブの女性もこちらに視線を向ける。
「あぁ、君が使い魔君?」
「ゾンだ。よろしく頼む」
「僕はジン。名前似てるね」
差し出された手を掴んで握手を交わす。
「このパーティ『霧の者』のリーダーをやらせてもらっている。よろしく」
「私はアニタスです。回復魔術師をしています」
灰色のローブの女性は、アニタスね。覚えた。
「今は何を?」
地面に敷かれた布の上に広げられたポーションや、ナイフ、ライトなどの細々とした道具。他にも、キューブ型のよく分からない道具もある。
「装備の最終確認かな。戦闘中に不備に気づいても、もう遅いから」
へぇ、若いわりにしっかりしてるんだな。
「一応、今回は近くで戦えばいいと聞いているんだが」
「うん。それで構わないよ。下手に協力しようとしても、付け焼刃じゃ共倒れになる」
「分かった。念のため、少しでいいから打ち合わせをしたいんだがいいか?」
「もちろん。むしろ、こっちからお願いするところだったよ」
よかった。話しの通じそうな人種だ。
「まず、回復魔術は俺には使わないで欲しい」
「アニタス、いい?」
「はい。アンデッドさんですもんね」
「あと、魔力が自分では練れないから誰か分けて欲しい」
「それは、僕のをあげるよ。戦闘方法は、近距離?」
「あぁ。肉弾戦がメインになる」
「だったら、距離もそこまで離さなくていいか」
「空中の魔物はどうする? ウチらはそっちメインにしたほうがよくない」
「そうしてくれると戦いやすい」
「分かった。そうしよう。ただ、もちろん打ち漏らしもあるし、魔力切れもあるからそこは覚えておいてね」
「投石もできるから、問題はない」
そんな感じで、すんなりと話はまとまっていった。
ヨシュアがいきなり俺みたいなのと組ませても大丈夫だろうと判断しただけあって、会話を重視しているのがヒシヒシと伝わってくる。
「よし。それじゃあ、いったん話を整理するね」
ジンがそう言うと、俺を含めた全員が頷く。
「ゾン君との戦闘距離は声が聞こえるくら。回復魔術等による支援は無し。飛行する魔物は、こちらがなるべく引き寄せる。いい?」
「分かった」
「了解、リーダー」
「分かりました」
良いリーダーだ。素直にそう思った。
将来、ルルが俺以外の誰かと旅をしたいと言い出したら、彼らを引き合いに出して考えてしまうのだろう。
「よし、それじゃあ。各々、戦闘に備えて。なるべく近くにいるように」
ジンは剣を鞘のままで、素振りをして体を温める。ヒルダとアニタスは二人で、柔軟をしていた。
俺もぼちぼちバンテージを巻いて、戦いに備えた。
そうしていると、微かな地鳴りが開戦の前触れを告げた。
「それじゃあ、生きて帰ろう」
「はい」
「当たり前よ」
周囲の冒険者たちの熱気が、急激に高まっていく。
そして、開戦を告げる銅鑼が響き渡った。
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