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「ヒューガさんっ!」


 アンジーが声を荒げた。怒っているところ、初めて見た。


「試験じゃよ、試験。分かった、依頼の斡旋をしよう。ただし行き先はこちらが指示する。それと難易度に関しては、アンジーのCランクを上限とする。構わないかい?」

「…………あ、え、はい」


 一瞬、驚いて固まってしまっていたルルだったが、すぐに正気に戻った。


「では、帰りに使い魔くん」

「ゾンだ」

「そうかい、ゾン君の知能試験を受けてくれ。その結果次第で、使い魔の単独行動許可証明を渡す。連絡はいれておくよ」

「わかった」

「ありがとうございます」

「ルルさん、怒ってもいいんですよ?」

「ゾンさんが守ってくれたので、わたしは無傷です」

「ギリギリだったけどな」

「そうなんですか?」

「ふぉっふぉふぉ、普通はギリギリでも動けないんじゃよ」


 何を笑ってやがる。

 魔術だとしても、今まで見てきた人たちは、みんな最低でも一言は詠唱とか言うのを行っていた。それが、さっきの氷柱を落とす攻撃には一切なかった。あれは魔法なのか?

 予備動作一切なしの攻撃とか、もし反応が一瞬でも遅れていたらどうしてくれたのか。


「あと行き先はこっちが決めると言ったが、何か希望はあるか? むろん、全部を聞けるわけではないが」

「ありがとうございます。でしたら、西に向かいたいです」

「西? 理由でも?」

「東に行きたくないので」


 まぁ、東に向かったら学院の生徒と会う確率が上がるもんな。

 学院を飛び出したばかりだし、同級生に会ったりしても気まずいだろ。


「そうか。深くは聞くまい。依頼に関しては明日までにいくつか、用意しておこう。では、アンジーの要件は終わったな。次は儂の要件だ」

「『南船北馬・冒険譚』、ですね」

「どの話が一番気に入ったのかな?」

「6巻の、『氷華の呪い』でしょうか」

「ほうほう、それはどうしてかな?」

「シンプルに綺麗だなって思いました。それと、生態系に消えないほどの傷を残してでも守りたかったものが、自分の一匹の使い魔だったと言うのが、一人の使い魔を持つ者として心に来るものがありました」

「そうだねぇ。アレは組合長の間でも大変な議論になってな。力を個人の為に振るい周囲に多大な被害を与えたのだから罰則を設けるべきと言う派と、冒険者というのは自由の象徴だから仲間を優先したことに対して罰を与えるのはどうなのか、と意見が真っ二つに割れてな。しかも、そうなった原因が組合側の不手際によるものだったからのう」

「それは、本には書いていませんでした。もう少し、詳しく話を聞かせていただいても?」

「そこら辺は、組合長の立場上、公式には書けないんじゃ。だから、今はただの爺の与太話としてきいておくれよ。あの冒険者はな……」


 二人だけで、話し初めてしまった。

 アンジーの方に視線を向ければ、諦めたように首を振ったので、顔を近づけて話しかける。


「『南船北馬・冒険譚』って?」

「ヒューガさんが趣味で書いている冒険者の話しを纏めた本です」

「へぇ、有名なのか?」

「いいえ、まったく」


 嫌に、はっきり言うな。


「一部貴族が好みそうな内容ですが中身が冒険者に与しすぎですし、冒険者や街の住人で本を読む人は極少数です」

「へぇ。じゃあ、ルルはその数少ない読者だったわけだ」

「みたいですね」


 話しがどんどんヒートアップしていく、ヒューガとルルに若干、冷めた目を向けるアンジー。

 そうか、本を読むのは少数なのか。学院の図書室がすさまじい冊数だったから、けっこう普及しているのかと思っていた。だったら、俺みたいに文字を読めない奴も割といそうだな。

 でもだとしたら、ゴブリン以下の知能のゾンビと同レベルの人間がたくさんいるのか……大丈夫か、人間?


 それから、二人の話しはとどまることを知らず、痺れを切らしたアンジーが会話を断ち切るまで続いた。


「本日は、ありがとうございました。大変、興味深い話が多く聞けて楽しかったです」

「そうか、そうか。儂も読者の声が直接聞ける、貴重な機会じゃった。よければ、いつでもいらっしゃい」


 そう言ってヒューガの皺だらけの手が差し出された。

 その手を両手でルルが握った。




「すみません、アンジーさん。盛り上がってしまって」


 冒険者ギルドを出るなり、ルルがアンジーに謝った。


「ルルさんが謝ることはじゃないですよ。それより、買い物に行きませんか?」

「え? 今からですか?」

「疲れましたか? でしたら、明日でも」

「いえ、ぜんぜん大丈夫です」

「ルル、本当に疲れてないか?」


 ルルは、こういうとき無理する傾向にある。


「本当に、大丈夫ですよ。でも、いざとなったらゾンさん、お願いしますね」

「分かった」


 また、いつものように抱っこすればいいのだろう。


「というか、ゾン君はもう普通に話すんですね」


 あ、呼び方が「さん」から「君」に変わった。まぁ、別にいいけど。


「もう、コレあるからいいかなって」


 腕に巻かれた朱色の布を指でつまむ。

 これが使い魔だけど、単独で行動できる使い魔ですよって証明書になるらしい。組合を出るときにした、俺を馬鹿にしているのかと思うような試験を合格したらもらえた。

 色々な形や色の積木を、言われた通りに積み上げたり、簡単なボードゲームをしたりした。隣で見ているルルがものすごく微妙な表情をしていたであろうことは、見なくても分かった。


「でも、あれが普通の魔物の知能のレベルなんだな」

「普通じゃないです。かなり高い知能を有する魔物が挑戦する試験です。そう考えると、ゾン君は殆ど人と変わらないんですね」

「俺はルルの使い魔だよ。なぁ?」

「そうですよ」


 そうそう、俺はルルの使い魔でいいんだよ。

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