孫たち②

 

 目を開くと最初は眩しいだけの光だけがあって、ぼんやりとしたものが見えていた。しばらくすると、うっすらと見えていたものの輪郭が次第に確かなものになってくる。


「母ちゃん、ジジイ、起きねー」

「ツマンネー。ジジイ、ヤキューしようぜ」

「ジジイ、寝てんじゃねー」


 朧げに開かれた視界には、私の寝床の横に並んで座っている3人の孫の姿があった。その背後にスズメが立って孫たちに小言を言っている。孫たちの隣にはジローくんが座り、その様子を見つめ困ったような表情をしている。

 彼は一言二言を言い、スズメと子供たちを宥めていたが、不意にこちらに顔を向けた。

 

「‥‥‥お義父さん、もしかして目を覚ましましたか?」


 私の様子に気づき彼がそう言うので、私は目だけを動かして彼を見つめ、力なく応答した。そうすると彼はやや表情を暗くさせて黙って頷く。娘には勿体無いくらいの良く出来た人間で、普段から周囲への配慮を欠かさず気を遣いすぎるぐらい遣う彼だ。こうした時も、言葉にせずとも心情を読み取って、私の余命がもう幾許もないと言うことを悟ってくれたようだった。


「スズメちゃん、みんな。聞いてほしい。‥‥お爺ちゃんとお話しをしよう」


 彼は孫とスズメたちの騒ぎがまだ続きそうなのを見て、一言でそれを終わらせた。そうして神妙な面持ちでスズメを見つめ、無言で頷く。


「‥‥‥‥‥やだよ。ダメだよ」


 娘は状況を察したのか、ジローくんから目をそらし、少し狼狽えたようにそう言う。父親のこうした状態を見て、この愚かな娘にも、少しは堪えるものがあったかと思ったら、


「そんなのダメなんだから‥‥」


 などと一言、呟いた後、


「‥‥あ、今って、そう、すっごい忙しいの! も〜〜〜‥‥、お父さん。私たちお店始めたばかりだし、ほら、この子たちだって手がかかるし。‥‥だから死ぬなんてダメなんだからね!!」


 いつもの態度に戻ってキーキー言い出した。

 ヤレヤレ。こやつは死にかかっている親をこの後に及んでもコキ使おうと言っている。


「もー、すっごい迷惑。ほんとっ迷惑。いま死んじゃったら誰がこの子達の面倒を見るの? あーも〜、お父さんすぐに起きて。釣りばっかしてるんだから、孫の面倒ぐらい見てよ。じゃないと釣竿みんな処分しちゃうからね!!」


 あげく理不尽な物言いで怒り出した。

 まったく常識知らずもここまで来ると呆れてしまう。お前が駄々を捏ねたからと言ってこればっかりはどうにもなるまい。

 ‥ああそうだったな。妻に先立たれた時、この放蕩娘は家を出ていたので、母親の死に目に会えていない。一度、失敗したのにまだ懲りていないようだ。親はいずれいなくなる。その時になって泣き喚いても遅いんだぞ。ヤレヤレ、ここには子供が四人いるようだな。

 


「‥‥死ぬ?」

「おー、ジジイ、死ぬんか」


 すると『死』という言葉に反応して孫たちも騒ぎ出す。


「スゲー」

「スゲー」

「死ぬって何だ?」


 教育の失敗した娘のことはもういい。しかしまだ心根を矯正できる孫たちには、このジジイが身をもって教えてやらねばならない。

 ここまで成長するまで孫たちは私が躾けてやってきたようなものだった。本当に手のかかる小僧どもで散々世話を焼いてきたが、このジジイができる孫たちへのこれが最後の教育になる。










 

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