想い想われ伝わらない

ゆーり。

想い想われ伝わらない①




インターホンの音に冷や汗が落ちる。 朝9時に約束していたというのに起きたのは8時55分。 朝の女子高生の準備が間に合うはずもなく無慈悲なゴングが試合終了を告げようとしている。

そもそも昨夜の予定では朝7時には目覚め準備を終え、玄関の外で出迎える予定だった。


―――ずっと前から楽しみにしていた今日だというのに!!

―――予定も何度も確認して目覚ましもしっかり二つセットしていたのに!!


それなのに寝坊してしまったのには訳がある。 着替えている最中に再びチャイムが鳴った。


―――まだ準備が終わってないよ!

―――っていうか、まともに顔が見れないよぉぉ・・・!


とりあえず天然母をけしかけ時間稼ぎを計ろうと試みる。


「ちょっとお母さん! 今手が離せないから出てくれる!?」

「愛海(アイミ)が出ればいいじゃない。 どうせ思佑(シユウ)くんでしょう?」

「いや、無理無理無理無理!! 私はまだ準備ができていないし、お母さんが出て!」

「うーん、今出ると家が火事になっちゃう可能性90%だけど本当にいいの?」

「何それ、どんな状況よ・・・。 分かった、もう私が出るから!」


気が重いながらも急いで私服へ着替え階段を下りた。


「あ、ヤバい~。 燃える~、燃えるぅ~!」

「もう! 思佑くんが来ているんだからあまりふざけないで!!」

「はいはい」


母をチラリと見ると確かにフライパンから火が出ていたがそう火事までは至らなさそうだった。


―――本当にお母さんは料理が危ういんだから・・・。


別に下手というわけでも料理が不味いというわけでもないが、何故か不必要な技術を使いたがる。 おそらくは目玉焼きでフランベでも試してみたのだろう。

以前似たようなことが起きた時は、フライパンで割り箸を炒めながら炭火焼風焼き鳥のような訳の分からないことをしていた。 とにかくヤバそうではあるが、ギリギリ一歩手前で踏み止まるのが愛海の母。

気にしないことにして、一応鏡で姿を確認し玄関のドアを開けた。


「おはよう、愛海」

「あわわわわ・・・」


分かってはいたが隣に住んでいる同い年の高校生思佑が立っていた。 とても爽やかで愛想がよく周りからも人気のある幼馴染だ。 彼を目の前にすると顔が赤くなってしまった。


「どうしたの?」


―――だ、大丈夫、い、いつも通り、いつも通りの思佑くんだ・・・!


「お、おはよう! 思佑くん、ごめん! まだ準備終えてないの!!」

「寝坊? 珍しいね、夜更かしでもしたの?」

「ッ・・・」


その言葉に更に赤面する。 それもそのはずで寝坊したのは完全に思佑が原因だからだ。


「と、とにかく上がって! ここで待たせるのも申し訳ないから!」

「うん、そうさせてもらうよ。 まだ準備はかかりそう?」

「結構かかりそう。 だってまだメイクもヘアセットも・・・」

「そのままでも十分なのに」

「・・・ッ!? そ、それはお世辞!? だって昨日も・・・ッ」

「え?」

「・・・あ、いやッ、わ、私が嫌なの! ほら入って!!」


『昨日?』と言いながら首を捻る思佑の背中を押すよう招き入れ二階へと向かう。 その時母がリビングから顔を出した。


「あら、思佑くんいらっしゃい。 何か飲み物でも飲む? それともシェフ特性目玉焼きでもご賞味してみる?」

「あ、ありがとうございます。 でもお構いなく」


思佑は幼馴染で両親とも仲がいい。 だから当然母が致命的に料理が苦手なことも知っている。

飲み物、普通の家庭なら甘美な単語となるそれも愛海の家では大抵自家製フルーツジュース(隠し味謎のドクダミ)が出てくるため危険だ。

思佑も以前母親に勧められるがまま飲み物を飲んでしまい愛海の眼前で醜態を晒すことになった。 それ以来この家で出てくる一切のものを口にしない。


―――家の中へ招き入れるのは普段通りで抵抗ないけど今は状況が状況でかなり落ち着かないよ・・・!


愛海は密かに思佑に恋心を抱いていた。 幼い頃からいつも一緒で友達以上恋人未満のような関係が心地よかったりもする。 告白して振られるくらいなら今の状態が続く方がいいと思っていた。

思佑は社交的で学校でも人気があるため、自分なんて恋愛対象外だとずっと思っているのもある。 昨日までは。


「お邪魔します」

「適当に座って待ってて! すぐに準備を終わらせるから!」

「そんなに急がなくても大丈夫だよ」


思佑を部屋に残しメイクセットとヘアセットを持って洗面所へと向かった。


―――うん、今日は普通だ・・・。

―――やっぱり昨日の夜のは私のただの勘違いだったんだ。


鏡に映る自分と向き合う。


―――本当に私は思佑くんのことが好き過ぎる・・・。

―――今の関係が崩れるかもしれないから絶対に悟られちゃ駄目なのに。


鏡に映る自分の顔は真っ赤だ。


―――今日外へ遊びに行くのは私から誘った。

―――でも私たちは幼馴染だからか思佑くんからも外へ出る時は気軽に声をかけてくれる。

―――だから一緒に外出なんて日常茶飯事だ。

―――でも思佑くんを意識し始めてからドキドキが絶えない・・・。

―――私、おかしくないかな?

―――急に挙動不審な態度になるから絶対におかしいと思われているよね!?


そのようなことを考えていると突然脳内に思佑の声が響き渡った。


“今日も可愛かったな、愛海は”


―――・・・ッ!?



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