第4話 悪役令嬢、イヤホンを知る


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさいですわ!」


 明日からは学校。俺の平凡な日曜日がもう終わってしまう。俺は深くため息をついてスマホを眺める。LIMEの友達は姉ちゃんとそれから先ほど設定したマリーさんくらい。

 俺はクラスLIMEからもハブられている。いじめられっ子のしかも冴えない男子を助けてくれようとする人など存在しないのだ。


「マリーさんも、俺と同じ学校なんだよな」


 俺のせいで彼女に迷惑がかからないだろうか。そんな心配を少ししたが、彼女は元悪役令嬢だ。その辺は問題ないだろう。


 高校卒業まであと2年。大丈夫、喉元過ぎれば熱さを忘れるだ。


 ベッドに寝転がって、電気を消す。スマホでネットサーフィンでもしたら寝るか。ワイヤレスイヤホンを耳に装着して好きな配信者のアーカイブを再生しつつ、SNSで今日の話題を検索する。

 明日になるのが憂鬱でもこうしていると、うとうと眠くなってくる。無理矢理にでも現実を忘れて眠る。そうして辛い毎日が過ぎるのを待つのだ。


——ガチャ


 イヤホンの向こうで聞こえるドアを開ける音。微かに香るフローラル。俺はそっと片耳のイヤホンを外した。


「ジン、もう寝てしまったの?」


 やはり、その声はマリーさんのものだった。さっきまでのバカデカボイスではなく控えめの少し吐息が混ざったような声。


「どうしたの?」


 俺は体を起こすと電気をつける。マリーさんは少し眠そうに目をこすりながらも表情は少し不安そうだった。


「あのね、眠れないのですわ」


「あ〜、流石にベッドが安っぽ過ぎたとか?」


「いいえ、ベッドにも満足ですわ」


「じゃあ、怖いとか?」


「いいえ、怖くありませんわ。だって女神様はこの世界は前の世界とは違って平和で慎ましく暮らしていれば何事もなく過ごしていけると補償してくださったもの」


 あのちゃっかり女神様め。それで日本を選んだと言うわけか。確かに、元悪役令嬢が改心して過ごすにはぴったりの国かもしれないなここは。俺と言う人選をしたのは大間違いなような気もするが。


「じゃあ、どうして眠れないの?」


「音……ですわ!」


 マリーさんは真剣な表情で俺の隣(ベッドの上)に座るとこちらを覗き込む。女の子と一緒にベッドに座るなんて初めての俺はドギマギしつつ、彼女に失礼にならないよう体をのけぞらせないように踏ん張った。


「お、音?」


「えぇ、夜鳥の声や美しい川のせせらぎに暖炉で火がくゆる音……。ワタクシの寝室の周りにはそう言う心安らぐ音がございましたわ。けれど、このお屋敷はとても静かで……そう静か過ぎるのですわ!」


 それもそのはず、この一軒家はかなり閑静な住宅街に建っている。父と母の遺したものであるがとても良い立地にかかわらず住民の民度がよくてこの時間になるととても静かになるのだ。

 少し奥まった場所にあるため車の走る音もほとんど聞こえないし、そこそこ都会にはあるので虫の声や鳥の声もあまり聞こえない。


「そういわれても、見ての通り狭い家だから暖炉も作れないし、庭に小川もないし……この辺にはフクロウなんかいないしなぁ」


「そうですわよね……」


 俺のスウェットを着たマリーさんが残念そうに肩を落とす。


「慣れてくれとしか、ごめん」


「なんでジンが謝るんですの? そういえばジン、そのアクセサリーはなぁに?」


 彼女は俺の耳を指差して言った。


「あ、これはイヤホン」


「いや、ほん?」


 俺はワイヤレスイヤホンを耳から外して手のひらの上に乗せて彼女に見せる。彼女は不思議そうに手に取って自身の耳に装着した。


「これは何かの宝石かしら?」


「いいや、音楽を聞く道具だよ。あっ……そうだ。マリーさん、スマホ持ってきて。さっき姉ちゃんに使い方教わっただろ?」


「えぇ、ちょっと待っていてちょうだい」


 しばらくしてマリーさんが俺の部屋に戻ってくると、俺は昔使っていた方のワイヤレスイヤホンを彼女のスマホにリンクさせた。俺が作業している間、まるで魔法使いでも見るような憧れを含んだ目で彼女が俺を見ていた。


「これ、耳に付けて」


「えぇ、こうかしら。あら、ジンの声も聞こえないわ!」


「片方だけ一旦付けて」


 彼女は「そうね」と笑うと右耳だけイヤホンを装着して俺が持っているスマホを覗き込む。


「この動画サイトでそうだなぁ……『睡眠用 暖炉 小川 夜』で検索すると」


 動画サイトにはたくさんの睡眠用BGMというものが存在する。それこそ、先ほどマリーさんが語っていたような穏やかな音が用意されている。読書をするときや勉強をするとき用にカフェ風のBGMもあったりして俺も重宝している。


「まぁ……まるで穏やかな寝室にいるようですわ」


「耳、付けっぱなしだと痛くなるかもだから眠くなったら充電ケースにいれて……」


「ジン、ありがとう」


 両手を握られ、満点の笑顔でそんなふうに言われるほどのことではないのに。マリーさんはオーバーだ。こんなふうに人に感謝されたのはいつぶりだろう?


「おやすみ、マリーさん」


「おやすみ、ジン」


 マリーさんは部屋へと戻っていった。彼女が部屋を出るのを確認してから俺はベッドに横になり胸を押さえる。


——可愛過ぎるだろ! 悪役令嬢のくせに!


 学校ではいじめられ、家では悪役令嬢にキュン死にしそうになる……明日からの俺は無事に生きていけるのだろうか。色んな意味で。



 



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