第23話 雨中

 しとしとと雨が降る夜、軒下で一人の女性が俯きながら悲しみの涙を流していた。



「……なによ、他に好きな人が出来たから別れようって……! 私って所詮その程度の相手だったの……!?」



 恋人だった男の姿を思い浮かべながら女性がボロボロと涙を流していたその時、その目の前に傘をさした一人の女子高生が現れた。



「……そんなところにずっといては風邪をひきますよ」

「ほっといてよ……どうせ私が風邪をひいたところで心配してくれる人なんていないんだから」

「それはどうでしょうか。あなたが気付いていないだけであなたの身を案じている人がいるかもしれませんよ?」

「いないわよ。私、友達は少ないし、彼氏だった人ともついさっき別れて独り身になったところだし……」

「……なるほど。だから、涙を流していたのですね」

「そうよ。だから、私の事なんてほっといて。あなただってずっと私と話していたら風邪をひくわよ」

「お気遣い痛み入ります。では、去る前にたった一つだけ言わせて頂きますね」



 そう言うと、女子高生は俯く女性に対して静かに微笑んだ。



「今はあなたの心にも悲しみの雨が降っているようですが、悲しみの雨だとしても天気の雨だとしても止まない雨は無いです」

「…………」

「きっと、いるはずですよ。あなたにもその心に降る雨を止ます事が出来る太陽が」

「…………」

「では、私はこれで。あなたのこれからの幸せを祈っていますよ」



 女子高生はにこりと笑うと、ゆっくりとその場を立ち去り、雨が降る中に女性一人だけが残された。



「……いないわよ。この雨を晴らす事が出来る太陽なんて……どうせ私は一人なんだから……!」


 そして、女性の目から再び涙が溢れたその時、傘をさした一人の男性が女性の前に立った。



「……見つけたよ、姉さん」

「……どうしたのよ、こんなところで」

「姉さんに連絡をしても全然繋がらないから探しに来たんだよ。その様子だと……例の彼氏さんとはうまくいってないんだね」

「うまくいってないどころか別れたわよ。あっちから別れを切り出してきてね」

「そっか……とりあえず帰ろう。こんな雨の中じゃ風邪をひくよ」

「良いわよ、ひいたって。ひいたところで心配をする人なんて──」

「いるよ」

「……え?」



 女性が顔を上げると、男性はにこりと笑ってから静かに口を開いた。



「姉さんにとって僕はただの幼馴染みかもしれないけど、僕は姉さんが風邪をひいたり辛い気持ちになったりしているととても心配なんだ。もちろん、今だってすごく心配してる。姉さんは僕にとってとても大切な人だから」

「…………」

「さあ、帰ろう。話くらいは聞けるからさ」

「……うん。ありがとね」

「どういたしまして。さあ、傘の中に入って」



 その言葉に従って女性が傘の中に入ると、二人は肩を寄せ合いながら雨の中をゆっくりと歩いていった。そして、その様子を姿を消しながら見ていた女子高生は安心したように微笑んだ。



「心の中に埋まった恋の種子たねは無事に芽吹きそうですね。この悲しみの雨で水は十分ですから、後は彼という太陽の日射しと優しさという肥料できっと綺麗な恋の花を咲かせる事でしょう。お二人とも、いつまでもお幸せに」



 女子高生は空を見上げながらそう呟くと、静かにその場から姿を消した。

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