第14話 真心

「ふう……これで仕事も一段落だな」



 目の前の机の上に置かれた書類の山を見ながら俺が呟くと、それを聞いた生徒会役員の内の一人がクスリと笑った。



「お疲れ様です、生徒会長」

「ああ、ありがとう。だがこれは、みんながいたからこそこなせた仕事だと俺は思っている。みんな、本当にありがとう」

「生徒会長……」

「まったく……ほんと、うちの生徒会長は謙虚だな。もう少し自分の力を誇っても良いんだぜ?」

「俺の力など大したことは無い。だから、本来なら生徒会長になるつもりもなかったんだが──」



 その時、生徒会室のドアがガラガラッという音を立てて開き、ドアの陰から副生徒会長がひょこっと顔を出した。



「みんな、お疲れ様ー」

「はあ……おい、今までどこに行っていた?」

「家庭科室だよ。お疲れの生徒会長様達を労おうと思って、おいなりさんを作ってきたんだ」

「労らわれるよりもお前にも手伝って欲しかったんだがな。だいたい、俺が生徒会長になる事になったのは、お前が自分は副会長になりたいけど、知らない人の下につくのは嫌だから俺に生徒会長をやって欲しいというよくわからない事を言い始めたのが原因なんだぞ?」

「あははっ、そうだったね。でも、そのよくわからない事を引き受けてくれたのはとても感謝してるよ。お陰で私は生徒会の副会長になれたんだからね」

「それなら、もっと生徒会の仕事を真面目に──」

「はいはい、お小言はそこまで。とりあえず、ささ一口どうぞ」



 そう言いながら副生徒会長は持っていた重箱を開け、中に入っていた旨そうないなり寿司を箸で掴むと、俺の口へと近付けてきた。そして、仕方なく口を開け、口内に入ってきたいなり寿司を咀嚼すると、口の中に油揚げに染み込んだ出汁の味わいや白米の風味がふんわりと広がり、その心地よさに舌鼓を打ちながら俺は小さく呟いた。



「……旨いな」

「でしょでしょ? ほら、みんなも食べて食べて!」

「はい、いただきます」

「いっただきまーす」

「いただきます」



 そして、他の役員達もとても旨そうにいなり寿司を食べる中、ふと俺を見た副生徒会長がクスクスと笑い始めた。



「……なんだ」

「耳、また出てるよ」



 その言葉を聞いて俺が頭に手をやると、そこにはたしかに尖った耳が生えており、続けて尻にも手をやると、そこにはふさふさとした尻尾が生えていた。



「はあ……俺もまだまだ修行不足だな。いなり寿司一つで正体をあらわにするとは……」

「ふふ、残念だったね。でも、それくらいおいなりさんが美味しかったって事だよね?」

「……それは認めざるを得ないな。この味わい……お前、また腕を上げたんじゃないか?」

「好きな人からそう言ってもらえて嬉しいよ」

「お前はまた恥ずかしげもなくそんな事を……」



 副生徒会長の言葉に対して俺が首を横に振りながら言うと、そのやり取りを聞いていた他の役員達は微笑ましそうな目で俺達を見ながらクスクスと笑った。



「本当にこの二人のやり取りは見ていて落ち着きますね」

「だな。これで付き合ってないっていうのが不思議なくらいだぜ」

「そうですね。ですが、生徒会長。あなたは副生徒会長の事を好いているんですよね? それなら、もういっそ付き合ってしまってはどうですか?」

「……お前達はいつもそう言うな」

「それはそうだ。だって、心からそう思ってるし、応援してるからな。妖狐の生徒会長と人間の副生徒会長の恋を。んで、いつ付き合うんだ?」

「……現状、その予定はない。俺には昔から恩義のある姫様とその夫となるお相手の警護をする必要があるからな」

「それはそうかもだけど……あまり危ない事はしないでよ? 幼馴染みとしてもそうだけど、やっぱり好きな人に怪我はしてもらいたくないから……」



 少し不安げに副生徒会長が言う中、俺は小さくため息をついてから頷いた。



「……善処する。俺も下手に怪我をして、お前に無駄な心配をかけさせるつもりはないからな」

「……それなら良いよ。さて、おいなりさんが乾いちゃうし、早く食べちゃおうか」

「……ああ」



 その俺の言葉が合図となり、役員達と副生徒会長は仲良く話をしながらいなり寿司を食べ始めた。



 好きな人に怪我をしてもらいたくない、か……まったく、俺のような高齢の妖狐に恋情を感じるなどまったくもって馬鹿げている。



「……だが、想ってもらえるというのは、中々心地良いものだな」



 胸の奥の温かさとこの平穏に幸せを感じながら箸でいなり寿司を一つ掴んだ後、俺はそれを口へと運び、副生徒会長の真心がつまったいなり寿司を味わいながら咀嚼した。そして、それを飲み込みながら副生徒会長との関係がいつまでも続けば良いと願った。

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