第56話 夏至祭1


 ユピテル帝国では、全国的に夏至を祝う習慣がある。

 中でもブリタニカ属州は北国。長く続いた冬が終わって春、そして最も日が長くなる夏至は特別な思いでもって祝われるのだ。

 ユーリたちがよく出かける公共回廊フォルムも、夏至祭のための飾りつけがされていた。

 広場を取り巻く柱には、花や樹木の葉、リボンなどが飾られている。道行く人々の表情は明るく、みなが祭りを楽しみにしている様子が伺えた。


 この夏至祭で、ユーリたちはカレーのお披露目をしようと考えている。

 何度か行った試食会のおかげで、冒険者や町の住民たちにしっかりと口コミが広がっている。手応えは上々だ。

 携帯食も同時に発表するつもりだが、こちらはサプライズを兼ねて軽い噂を流す程度に留めている。


「今日、ドリファ軍団の駐屯地に行ってきたのだけれど」


 午後、冒険者ギルドに帰ってきたユーリが言う。ギルドの敷地も花で飾られていて、華やかな雰囲気になっている。

 小犬のシロがあちこち走り回っては、頭に花びらをくっつけたりしていた。


「軍団兵たちもお祭りの準備をしていたわ。基地のちょっとしたところが飾られたり、催し物の看板が出ていたり」


「催し物? 今年は何をやるのかしらね」


 と、ティララ。ユーリは聞いてみる。


「毎年違うの? 去年は何をやった?」


「去年はカムロドゥヌムの城壁一周マラソンだったわね。優勝者にはアウレリウス様がエールを樽で贈ってくれるの」


「へぇ! 今年は武闘大会みたい。どんな人が出るんだろう」


 そんなことを話しながら、残りの業務をこなした。

 なお、ユーリの傍らには常に白いポメラニアンがいる。愛嬌のある姿が人気で、今では冒険者ギルドのマスコットになっていた。

 夏至祭はいよいよ明日だ。

 ユーリたちはカレーの準備をしっかりとやって、明日のお祭りに備えた。






 いよいよ夏至の日がやってきた。

 ユーリたちは冒険者ギルドの敷地の一角に食事コーナーを作った。テーブルや椅子はあまり数を用意できなかったので、ほとんどが立ち食いや地面に座っての食事になっていまうが、冒険者相手ならば構わないだろう。

 ギルドの厨房で大きなカレー鍋を作る。それ以外にもファルトの七輪を使って、小さな鍋を二つ煮込んだ。

 小さい鍋は唐辛子を量を変えて投入してある。ユピテル帝国の人々は『辛味』にあまり慣れていないので、まずは少量から試してもらうつもりだ。


 お昼前に食事コーナーがオープンすると、かなりの数の人々がやって来た。場所柄冒険者が多いが、町の人もそれなりに混じっている。


「やあ、ユーリ! ご招待にあずかって嬉しいよ」


 そんなことを言って近づいてきたのは、ユリウスだ。後ろにはロビンとヴィーの姿もある。

 人々、特に冒険者たちはユリウスの姿にざわめいている。


「おい、あれ、銀刃のユリウスじゃないか……?」


「え、本物?」


「本物だろう。少し前に冒険者ギルドで喋っている姿を見た」


「帰ってきてたんだ。もう何年も旅に出ていたのに」


 ユリウスは冒険者の間では有名人であるようだ。

 そんな声を背景に聞きながらも、ユーリはにっこり笑って答えた。


「ユリウスには、カレーを一番にごちそうする約束だったから」


「うんうん、じゃあさっそくいただこう」


 ユーリは少し深さのある皿にカレーを盛り付けた。今日のために用意した器である。


「付け合せはどうする? パンか、スペルド小麦の麦粥があるわ」


「へえ? それじゃあスペルド小麦の方をもらおうかな」


 ユリウスを椅子席に案内してから、ユーリはカレー鍋の横にあるもう一つの鍋のふたをあけた。ふわりと湯気が立つ。

 スペルド小麦は小麦としては粒の大きい品種だ。挽いて小麦粉にするには不向きだが、粒のままおかゆにするとぷちぷちとした食感が楽しめる。

 ユーリはスペルド小麦をお米のように炊いてみた。何度か失敗してしまったものの、最適な水加減と火加減を見極めてついに成功したのだ。

 パンについても、ナンのような生地を開発している。ただ、こちらはまだまだ工夫の途中というところだ。


「麦粥というが、あまり水気はないんだね」


 皿に盛られたスペルド小麦を見て、ユリウスが目を丸くしている。

 ユーリが炊いた小麦は玄米のような雰囲気で、さらりとしていた。


「水気がない方が、カレーにからんでおいしく食べられるの」


「なるほど。じゃあいただきます」


 そうして、ユリウスがぱくりとカレーを口に入れる。

 周囲の人々が見守る中、彼はゆっくりと咀嚼をしている。やがてユリウスはカレーと具を飲み込んで……さらに食べ続けた。

 無言でどんどん食べていく。

 そして皿がすっかり空になって、彼は満足のため息をついた。


「いやあ、おいしかった……。カレーは以前、何度か試食していたから、今更驚きはないと思っていたけれど。今日のカレーは本当においしいよ。黄色マンドラゴラを加えると、確かに一段、味も香りも高くなっている。魔物の肉は、前と同じホーンラビットだよね?」


 ユリウスの質問に、ファルトが答える。


「ああ、そうだぜ。ホーンラビットの肩肉と胸肉。あの臭くてマズイって評判の肉だよ!」


「その評判は取り消さないとね。丁寧に扱われた魔物の肉は、もう硬くも臭くもない。むしろ少し残る野性味が、カレーの豊かなスパイスのハーモニーとよく合っているよ。魔物肉は既に、カレーにはなくてはならない『食材』だ。スペルド小麦の麦粥も素晴らしい。さらさらの小麦の粒がカレーのソースにからまって、味に緩急をつけてくれる。奥行きのある味は味わい深くて、鼻に抜ける香りも口に入れたときの味も、腹に落ちた後の温かさも全てが幸せだよ」


「またすごい褒められた」


 ファルトが照れている。

 ユリウスの言葉を聞いた周囲の人々は、どっとカレーコーナーに押し寄せた。


「スペルド小麦でください!」


「俺はうーん、あえてパンで! 二杯目にスペルド小麦にする」


 そんなにぎやかな言葉が夏至の空に飛び交っていた。


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