【短編】ご令嬢九尾、人間のご令嬢に転生する ~畜生呼ばわりで王太子から婚約破棄されましたが、前世のチート級な妖力と根性とコミュ力で大逆転してみせます~

水狐舞楽(すいこ まいら)

1:千年の命も尽きづき

「村長様! ビュウ様!」


 のどかな村に響き渡る、悲鳴にも似た叫び声だった。ガラガラと勢いよく玄関の扉が開かれる。

 ただ事ではないと察する私。


 玄関に駆けていくと、そこには息を切らしたおおかみの妖怪・ペウが立っている。


「いかがなさいましたか」

「イサが……何かに襲われた!」

「なんですって⁉︎」


 遅れて、九尾の妖怪である村長も玄関に着いた。


「その『何か』というのは、わしらと同じ、妖怪かね?」


 ペウは首を横に振り「それすらもわからない!」と悔しそうに答える。

 ということは、妖力でどうにかなる相手ではない。村民が危険だ。


「とりあえず、私がイサさんのところに向かいます。ペウさんは村長と一緒に各地区長を回って、みんなに外に出ないことと、家の鍵を閉めることを伝えてください」

「学校にも連絡した方がいいよな?」

「もちろんそうですね」

「じゃあまず俺だけで学校に行く」


 勇ましい顔つきになるペウ。


「村長は先に各地区長のところへお願いします」

「承知した」


 素早く指示出しを終えると、私は真っ先にイサの家へと向かう。




 私の名前はコン・ビュウ。白金村の村長補佐をしている九尾の妖怪だ。

 この小さな白金村ではみんなが顔見知りであり、名前さえ聞けば家の場所までわかる。イサはペウの右隣に住む、猫又の妖怪である。


 妖力によって加速した私の体は、風と一体化しているように思えた。


「近くで暴行事件が起きました! みなさん家から出ずに戸締りをお願いします!」


 走りながら、私も声がけをしていく。こんなことは、私が千年生きた中で前代未聞のことである。これ以上被害者を増やさないようにしなければならない。


 少し息が切れてきたころに、イサの家付近に到着した。


 ガチャ、ガチャガチャ……


 私の耳が、金属と金属が触れ合うような音を感じ取った。

 サッとその方向を向く。民家のドアを何やらいじっている動物がいる。


 しかし、それは妖怪ではないとすぐに気づいた。人間だ。器用なその『手』で鍵穴を探っているようである。


「何をしているのですか」


 人間が振り返った。頭から黒い被り物をしており、目と口しか出ていないので、顔がわからない。


 人間は無言のまま、鍵穴を探っていた棒をバッグにしまって立ち上がる。棒の代わりに、手には五寸程度の刃物が握られていた。


 その刃物は既に使用済みだった。刃の半分くらいまでが血で染まっている。


 刃先を私に向けながら、人間は突進を始める。動きはのろい。私は妖怪なので、ひらりとそれをかわす。


「イサさんに何をしたのです」


 質問をしても、やはり無言のままだ。


「どうやってこの村に来たのかは知りませんが、あなたをそのまま返すわけにはいきませんよ」


 そう、生かしたまま捕まえなければならない。

 人間の生身は貧弱なので、生け捕りは難しい。んだり引っいたりすれば、すぐに死んでしまう。


 それならば。


変化へんげ


 私は、銀髪で超長髪の人間の姿に変化した。

 九尾は色々な姿に化けることができる。人間を捕らえるならば人間の姿の方がやりやすいだろう。

 攻撃は、妖術ならばコントロールしやすい。


くもがくし」


 人間の周りを妖力の煙で覆う。内側から外は見えないものの、外側からは中が見えるものだ。


 人間がひるんでいる。捕まえる妖術を発動しようとした、その時。


「ビュウ様!」


 後ろからイサの声がした。


「俺を刺したのはあいつです!」


 その猫又の前足には、骨まで見えそうなほど深い切り傷が何個もあったのだ。


「ビュウ様、あいつを捕まえてください!」

「承知しました」


 返事のために、一瞬振り返ったのがいけなかった。気づいたときには、人間は私の懐に入り込んでいた。


「お前も殺す」


 人間が私に対して初めて口にした言葉だった。


 私は最期を悟った。


 この人間を逃がしてはならない。犠牲者は私で最後にしなくてはならない。

 その一心で、私は可能な限りの最速で妖術を放つ。


「脱力の惑い」


 私の妖術が人間に到達するより、人間の持つ刃物が私の胸を刺す方が早かった。

 刃の根本まで差し込まれているのを確認したとたん、猛烈な痛みを感じて私はその場に倒れ込んだ。


「ビュウ様ぁぁぁぁああ‼︎」


 ああ、イサの叫び声だ。


 その後、バタッとそばで倒れたような音がした。人間だろう。私の妖術が効いたようだ。よかった。これで人間の体が動くことはない。


 生暖かい液体が、地面と触れる頬にまで到達した。急激に意識が遠のいていくのを、本能でなんとか現世に食い止めようとしている。


「ビュウ、様、俺の妖力を使って……」


 何か引きずる音が少しずつ近づいてくる。イサだろう。


「私はいいから……あなた自身を回復させるのに使いなさい。あと、この人間を然るべきところへ……」


 ここまで言ったところで、私の記憶は途絶えている。私の千年の人生が閉じた瞬間だった。十の位までが端数になるほど、長く生きた。

 最期は油断という呆気あっけない終わり方だった……のはずだった。


 目が覚めると、真っ白な天井に、半透明の布がり下げられた部屋にいたのだ。

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