第35話 闇にまぎれて

 寮へ戻らなければならない時間が迫る中――俺は図書館にいた。

 すでに周りは暗くなり、司書たちも仕事を終えて帰り支度を始めていた。


 ちなみに、俺の現在地だが……図書館は図書館でも屋根の上に立っている。

 切妻屋根じゃなくてよかったよ。

 おかげで侵入がしやすい。


「さて……もう少ししたら動きだすか」

 

 図書館から人がいなくなるのを確認してから、俺は禁忌書庫のある方向へと音を立てないよう細心の注意を払いつつ歩きだす。


 この図書館はドーナッツ状になっている。

 前に禁忌書庫を訪れた時、中庭のような場所があった。

 禁忌書庫からしか中へは入れないため、あそこはクレア専用の場所と見て間違いない。


 つまり、この屋根を伝って中庭に下りれば周囲にバレず禁忌書庫内部へと入れる。

 

 あと、トリシア会長からこちらにとって追い風となる情報も得られた。


 それは――クレアは寮生活をしておらず、この禁忌書庫の中で暮らしているということ。

 これも前に訪れた際、「もしかしたらそうなんじゃないか」って思ったんだよな。


 疑いを持ったのは部屋の数だった。

 書庫というには、本と関係のない部屋がいくつかあり、生活用品もあった。前世の住居で例えるなら、マンションの一室みたいな印象を受けたのだ。


 俺の読みは当たり、トリシア会長はクレアがあそこで寝泊まりをしていると教えてくれた。


 しかし、めちゃくちゃ優遇されているな。


 それだけ学園におけるメルツァーロ家の影響力が強いということだろう。

 中庭に近づいていくと、一本の大きな木が見えた。


 こいつを利用すれば安全に下まで行ける。

 すべては事前にチェック済みなのだ。


 というわけで無事に禁忌書庫の中庭に到着したわけだが……ここで思わぬ事態が。


 中庭の一角に魔草を育てるための小さな畑があるのだが、その近くにクレアの姿があった。

 発光石を埋め込んだランプの淡いに光に照らされている彼女の顔は寂しさを漂わせている。


 というか、すぐ近くに俺が立っていることにすら気がついていないのか。

 それほど何かを思い悩んでいる――俺にはそう映った。


「大丈夫か、クレア」


 たまらず声をかけると、彼女はゆっくりとこちらへと振り返る。

 やがて視界に俺を捉えると、その目は大きく見開かれていく。


「レ、レーク!? どうしてここに!?」

「君が心配だったから様子を見に来たんだ」

「で、でも、書庫へつながる扉はお兄様が厳重に施錠したって……」


 お兄様、か。

 やはり彼女はウォルトンによって強制的にこの書庫へ閉じ込められている状態なのか。


「屋根からだよ。この中庭の存在は、前に来た時に見て知っていたし」


 ウォルトンが昔と変わらない冴えない男のままなら、直接つながっているあの扉を強化しても頭上から降りてくるって発送までは至らないだろうと読んでいたが、その通りだったとは。


 けど、これで確信した。


 やはりヤツは変わってなどいない。

 クレアの力で成り上がっているだけだ。


「何があったんだ、クレア」

「そ、それは……」

「言ってくれ。俺は君の力になりたい。また昔のように仲良く遊び回れるような関係に戻りたいんだ」

「レーク……」


 葛藤している。

 クレアの心は大きく揺れていた。

 ……もう少しだ。


「困っている君を放っておけない。言ってくれ」


 彼女の両肩に優しく手をかけ、真っ直ぐ目を見据えながら訴える。

 直後、ふたつの翡翠色をした瞳が揺れた。


「ありがとう……レーク」


 そう呟いた後、クレアは本心を語りだした。


「私……また昔みたいにあなたと過ごしたい……」

「できるさ」


 本心から俺は彼女に伝える。

 だが、クレアはそれを否定するように首を横へと振った。


「でも無理なの……お兄様が――いいえ。メルツァーロ家がそれを許さないから」

「なぜだ? なぜ君の家族が俺との仲を制限するんだ?」

「私はお兄様の影だから……お兄様のために魔草薬を作り続けるだけしか価値のない存在だから……」

「っ!?」


 ……これはひどいな。

 彼女の優れた才能を独占し、あまつさえ自らの実力であるかのように振る舞う。そのためには外部との接触を徹底的に排除するため洗脳まがいなことまでしている。


 クレアは幼い頃に誘拐されて対人恐怖症となったらしいが……ひょっとすると、それ自体も仕組まれたものだったんじゃないか?


 すべては努力もせずに優秀な力を手に入れて周囲からチヤホヤされようとするあの愚兄の策略である可能性も出てきたな。


 ――ただ、クレアはハッキリと言った。

 以前のような関係に戻りたい、と。


 それがあのクソ兄貴によって妨害されているというなら、それを排除してやる。

 彼女のような優秀な才能を眠らせておくのは大きな損害だ。

 商人として、それは見過ごせない。


「……待っていろ、クレア」

「えっ?」

「俺がヤツを止める」

「ダ、ダメだよ! お兄様に目をつけられたら何をされるか!」


 恐らく、メルツァーロ家の名前を駆使して何かを仕掛けてくるだろう。

 うちの商会との契約を打ち切るとか、その手の話を持ってくるかもしれないな。

 

 だが、そんなものは些末な問題だ。


「構わない。俺にとってはこのままおまえとのつながりを失ってしまう方がよほど耐えられない」

「えっ……?」

「おまえにはいずれ我が商会の力になってもらわなくてはいけないからな」


 あの愚兄よりずっと話の分かるクレアが聖院の院長になってくれた方が商談もまとまりやすいだろうし。


「おまえはここで待っているがいい。俺がヤツと――ウォルトンと話をつけて必ず迎えにやってくる。その時が来るまで、おいしいハーブティー用の茶葉でも育てておいてくれ」

「レーク……うん! とびきりおいしいのを用意しておくね!」


 クレアはまさに花が咲いたような明るい笑顔を見せてくれた。

 やはり彼女はこうでないといけない。


 曇った顔をしていては彼女らしくないからな。



  ◇◇◇



 翌日の昼休み。


 俺は多くの生徒たちで賑わう学生食堂へやってきていた。

 テラス席には今日も多くの女生徒を侍らせたウォルトンが我が物顔でふんぞり返っている。


 そんな彼のもとへ真っ直ぐ歩いていく。


「あん? レークか? 一体何の用だ?」


 先ほどまで女生徒から「あーん」されてご満悦だったウォルトンの顔つきが一瞬にして険しくなる。

 それほどまでに俺はヤツにとって都合の悪い相手らしい。


 ならば、さらに都合の悪い男となってやろうじゃないか。


「ウォルトン・メルツァーロ……俺はあなたに決闘を申し込む」

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