第16話 情報は金になる!

「それで、情報というのは?」

「ん」

「うん?」


 話す前に手を差しだすアルゼ。


「これは?」

「料金に決まってるっしょ? もしかしてタダで情報をもらおうっていうの? これだから金持ちっていうのは嫌なのよぉ。情報屋にとって情報とは店で扱っている商品と同等の価値があるんだから」


 そうだった。

 さっき自分で解説していてすっかり忘れていたが、彼女たち情報屋にとっては情報が何よりも大事な商品。

 

 俺だって今は学生だが、心はすでに商人。

 軽率な行動だったと反省せねば。


 ――本当は他にあるギャラード商会の人間から事情を聞きだせばタダで情報が手に入る。

 しかし、商会にとって情報屋はいいビジネスパートナーだ。


 現に父上も信頼できる情報屋をいくつも囲っている。


 なので、俺は彼女をその候補のひとりとして選んだ。


 年齢は俺やコニーよりひとつふたつほど上。

 その若さだと、まだ強いコネクションを持ってはいないだろう。


 だからこそ、彼女はこの場に張りついて俺たちの到着を待っていたんだ。

 偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎるからな。

 ワンチャン、ギャラード商会とお近づきになろうと画策しているに違いない。


 俺は逆にそれを利用してやろうと思いつく。


 この俺に目をつけるとは、なかなか見所があるしな。


 あとは……可愛いから。

 割とこれが大きいな、うん。


「あっ、それと、他の商会から情報をもらおうと思っても無駄だよ? ――たとえ同じギャラード商会の関連店であっても」

「えっ?」


 いきなり気になる情報をぶっこんできたアルゼ。

 うちがかかわっている店なのに、なぜ商会代表の息子へ情報を隠す必要がある?


 ……まさか、父上に秘密で後ろめたいことをしているのか?


 詳細な情報を知りたいところではあるが、それを尋ねたところできっとまた料金を要求してくるだろう。

 ここは大人しく向こうの提案に乗っておくか。


「……いや、すまない。ただ失念していただけだよ。それで料金は?」

「初回サービスだから銅貨五枚でいいよ」


 まあ、大体の相場通りか。


 商人としてはこういう情報も頭に入れておかなくてはいけない。

 世の中、善人ばかりじゃないからな。

 特に商売人っていうのは隙あらば儲けようと常に相手の粗を探しているよう輩ばかり。


 こちらが無知であればあるほど利用されるのだ。

 それを父上から教わっている俺は幼い頃からその手の情報を仕入れ、頭に叩き込んである。


 俺は財布から銅貨五枚を取りだして彼女に渡した。


「ありがとうございまーす!」


 一気に機嫌がよくなる


「それで、情報というのは?」

「あんたたちギャラード商会が押さえていた空き物件を破壊していたのは怖そうないかつい男たちだったよ。――以上」

「……それだけ?」

「それだけ」

「そんな誰でも想像できそうな情報でお金取るの!?」

 

 憤慨するコニー。

 まあ、彼女の言いたいことも分かる。


「これは想像じゃなくて事実なのよ、お嬢ちゃん。言葉にすればたった二文字だけど中身がまるで違うんだから」

「では事実と言い切る根拠は?」

「うちがこの目でその店がぶっ壊れていく様子を眺めていたから」


 得意げに話すアルゼと、それでも納得いかない様子のコニー。


 その横ではルチーナが静観を続けていた。

 俺の合図を待っているのか……或いは俺と同じ判断をしたか。


「レーク様も何か言ってやってくださいよ!」

「そう怒るな、コニー。そんなにむくれていてはせっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

「ふえっ!? も、もう! 不意打ちは禁止です!」


 あれ?

 余計に怒らせちゃったかな?

 セリフもタイミングも完璧だと思ったんだけど……まあ、いいか。


「彼女は自分の目で見た確かな情報を教えてくれた。それだけでいい」

「で、でも……あんなのこの有様を見たら誰だって予想がつくよ」

「さっき彼女が言った通り、それはあくまでも予想だ。真実とは限らない。誤った情報は誤った敵を想像させ、進むべき道を迷わせる」

「うっ……」


 正論だと感じているようで、コニーは一歩後退。


「彼女は自分の目で見たとハッキリ告げた。情報屋にとってもっとも怖いのは信頼を失うことだ。ヤツの情報に信憑性がないと広まったら、もうこの業界で商売はできないだろう。だから俺は彼女の言葉を信じる」


 ましてや相手は国内最大のシェアを誇るギャラード商会。

 彼女もそれなりのリスクは負っていると覚悟の上だろう。


「……あんた、変わってるって言われない?」

「どうだろうな。時に尊敬され、時には疎まれる。そんなところか」

「私は尊敬していますよ?」

「私も!」

「ふむ。なら尊敬される度合いの方が高い嫌われ者だ」

「……やっぱ超変わってるわ」


 アルゼは小さく笑ってさらに続ける。

 

「あんた気前がいいし、他の商人たちとちょっと違って人も良さそうだから、もうひとつおまけでいい情報をあげるよ。――この町で商売するのはオススメしないな」

「何っ? それはどういう意味だ?」

「ここから先は有料情報」


 ニコニコしながら手を差しだすアルゼ。

 足元を見るという悪徳商法の基本が備わっているな。


「ちなみに料金は?」

「金貨十枚」


 いきなりぼったくり価格に跳ね上がりやがった!?

 気前がいいと言われたが、さすがにこの額は払えない――いや、払えないと分かっていてふっかけてきたか。


 ……もしや、これも駆け引きのうちのひとつか?


 上等だ。


 この心理戦――挑ませてもらおう。


「分かった。では金貨十枚を払う」

「はあ!?」

「足りないか? では倍の二十枚を渡そう」

「ちょっ!?」


 さすがに焦りだすアルゼ。

 一転攻勢とはまさにこのことだ。


 どうやら最初から金貨十枚をもらうつもりなんてなかったようだな。

 その気があれば、目の色を変えて手にするはずだし。


「どうした? 俺はおまえの情報を信用している。その対価を払っているだけだが?」

「だからってやりすぎじゃない!? あんた商人なんでしょ!? もうちょっと人を疑うとかしなよ!?」

「無論だ。君の言うように俺は商人。商人は利益を得るために人を選ぶ。そして選んだ結果がこの金貨二十枚なんだ」

「あう……」


 金貨二十枚は一般的な国民の年収に相当する。

 さっきの銅貨が大体五千円程度なので破格の条件と言えるだろう。


 いざって時のために父上から渡されていた金だが、こんなところで役立つとはな。


 だからこそ、彼女は嘘の情報を俺に与えられない。

 ギャラード商会が総力をかけて潰しにかかる――そういうプレッシャーをアルゼは肌で感じているはずだ。


 俺の手の平に乗せられた金貨二十枚を目の当たりにして、ついにアルゼはギブアップ。


「わ、分かった! うちの負け!」

「負け、というのは?」

「最初の条件を訂正する。今度の情報も銅貨三枚――いや、欺こうとした罰として無料サービスさせてもらうよ」

「気前がいいな」

「ふふっ、あんたに言われたくないよ」


 今度はさっきよりも分かりやすく笑うアルゼ。

 やはり可愛い子には笑顔が似合う。

 物憂げな表情だったり怯えた表情などいらないのだ。


「いい笑顔じゃないか、アルゼ」

「な、何、急に」


 素の表情を見られて恥ずかしかったのか、ちょっと声が裏返っている。


「今までの君の言動は、どこか繕った部分があった。しかし、今の笑いは素の反応――そうだろう?」

「っ!?」

「俺を手玉に取ろうとしたようだが……悪いことは言わない。無駄なマネはやめておけ。相手が悪すぎる」

「……そうね。今ヒシヒシと実感しているわ」

「ならばいい。それより、俺と手を組まないか?」

「く、組むって……?」


 俺からの提案に、アルゼは目を丸くして驚いていた。


「この町で新しく商売を始めるつもりだが、情報屋とはまだ縁がなくてね。君にそのひとり目を頼みたい」 

「う、うちがギャラード商会と!?」

「さっきので君が嘘をつけない誠実な人間だと分かった。俺を本気で騙そうとするなら金貨を黙って受け取っただろう」

「…………」

 

 アルゼは黙ってしまった。

 さすがに急すぎたか?

 もしかしたら、他に契約をしている商会があるのかもしれない。


 ……しまった。

 そこまで考えていなかった。


「お誘いは嬉しいけど、それはできないかな」

「そうか」


 あっさりと断られてしまった。


 やはりどこかと専属契約でも結んでいるのだろうか。


 有能で可愛いし、スタイルもいい。

 大手商会が放っておくはずがないか。


 ……まあ、そこを潰して手に入れるってこともできるが。


「そうそう、まだ情報をあげていなかったね」

「む? そうだったな」

 

 忘れていた。

 この町で商売をしてはいけない理由。

 商人たちにとって聖地とも呼べるこの場所ほど商売に向いている場所はないと思うのだが、一体どんな理由なんだ?


 情報を待っていると――不意に良い匂いがした。


 原因はアルゼが急に顔を近づけてきたから。

 これは……彼女の匂いか。


「ザルフィンには気をつけて」


 耳元でボソッと呟かれ、思わずゾワゾワする。

 こいつ……俺の耳が弱点だと知って奇襲をかけてきたのか!?


「そういうわけだから。じゃあ、また縁があったら会おうね」


 そう言って、アルゼは手を振りながら駆けていった。


「な、なんだか凄い子だったね」

「耳……耳でしたか……」

「うん? 耳? 耳がどうかしたの、ルチーナさん」

「いえ、独り言です」


 コニーはなんのことか分からずに首を傾げているが、ルチーナには俺の弱点がバレてしまったようだ。

 

 それより……ザルフィンって誰?

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