楽して儲けたい悪役商人の勘違い英雄譚 ~大商会の御曹司に転生したから好き勝手に生きたかったのに!~

鈴木竜一

第1話 悪役商人、二度目の人生はダラダラ生きると誓う

 この世界に存在する者は大きくふたつに分類される。


「利用する者」と「利用される者」の二種類だ。


 どちらになるのかと選択を迫られたら、俺は迷わず「利用する者」として生きる道に進みたいと答えるだろう。


 幸いにも、俺の生まれ育ったギャラード家は国内屈指の大商会を営むいわば超金持ち。何かと黒い噂もチラホラ耳にするが、そこは気にしない。

 この手の業界にはそんな話のひとつやふたつは付き物だ。


 しかし、俺にとってはむしろそちらの方が好都合。


 おかげで幼い頃から「利用する者」としての人生を謳歌するのに必要な教育をみっちり受けることができた。

 来月から通う予定の王立フォンバート学園の入学試験をトップの成績で通過したのもその効果といえよう。


 そんな俺の夢は――楽をして一生を遊んで過ごすことだ。


 働くのは「利用される者」がすればいい。

 

 俺は「利用する者」として彼らの働きの上に胡坐をかいで座る。

 そんな国王のような人生を謳歌したいという野望を抱いていた。

 貴族の子息や令嬢が通う王立学園に入学したのだって、そのために必要な強大なコネクションを築くためのステップにすぎない。


 すべては――俺の怠惰で絢爛な日々はここから始まる。

 今日はその野望への第一歩を踏みだす記念すべき日となるだろう。


「お呼びでしょうか、父上」

「来たか、我が息子レークよ」


 愛用する執務机に手を添えながら、父ロベルト・ギャラードは振り返る。

 

 真っ黒な髪と髭。

 これは東国生まれの特徴らしく、俺はその遺伝子を色濃く受け継いでいるようで同じ髪色をしていた。


 父上はたっぷりと蓄えた顎髭を撫でながら語り始める。


「わざわざ書斎まで来てもらった理由だが……おまえのことだ。なんとなく察しはついているのだろう?」

「我がギャラード家に伝わる入学へ向けた儀式というヤツですね?」

「ははは、そこまで仰々しいものではないさ。――ただ、ギャラード家の跡継ぎとして、しっかりとした目利きができるのかどうかを確認する最初の試験だ」


 王立フォンバート学園に通う者は寮生活となるのだが、ひとりだけ世話役を連れていける。

 生徒のほとんどが貴族だったり騎士団や魔法兵団関係者の子どもだったりと、裕福な家庭育ちが多いからこその制度だ。


 ギャラード家ではその世話役を秘書と呼び、親ではなく入学する者が直接選ぶというしきたりがあった。

 先ほど父上が言ったように、商人としてさまざまな品物を扱うことになる俺にとって最初の目利き……これを失敗するわけにはいかない。


 俺としては、その秘書には学園生活の補助だけにとどまらず、卒業後もずっと俺の優秀な手駒として残り続けてもらうつもりでいる。


 そう――生涯にわたり俺に「利用される者」として、な。


「秘書の候補ですが、すでに目をつけている者がいます」

「ほう、もう見つけていたか。さすがだな。手際の良さも商人には欠かせない大切な資質なのだが、おまえはもうすでに身につけているようで感心したぞ」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。それでは準備に取りかかりますので、これで失礼いたします」

「うむ。しっかり励むのだぞ」

 

 満足そうに髭を撫でながら言う父上に見送られる形で部屋を出ると、すぐに自室へと戻って明日の準備に取りかかる。


 ……いよいよ明日だ。


 明日から俺の覇道が始まる。

 目指すは裏からこの世界を牛耳る強大な存在――そうなれば、二度目の人生・・・・・・は勝ち確だ。


 必ず成し遂げてみせる。

 どんな手を使ってでも。



  ◇◇◇



 かつての――前世での俺は「利用される者」だった。

 嫌いな上司にこびへつらい、成功は奪われ、失敗は押しつけられる日々。

 家と職場をただ往復するだけで艶もハリもない、カラカラにしなびた人生だった。


 そんな俺は何の前触れもなく突然死んだ。


 死因は覚えていない。

 過労死なのか事故死なのか、それすら分からなかった。


 ただ、気がつくと俺はギャラード家の長男としてこの世界に生まれていた。

 大商会の跡取り息子で、金にはまったく困らないという前世とは雲泥の差を感じる家柄だ。


 おかげで俺は自分の野望を果たせるチャンスが来たと歓喜する。

 いくら大商会の跡取り息子とはいえ、大人になったら働かなくてはならない。


 もう働くのはゴメンだ。


 前世では死ぬまでの間に人生三周分くらいの残業をこなしてきたんだし、この世界ではもう働かなくてもいいように組織のトップが楽して儲けられる新しいシステムを構築したいと考えていた。


 そのため、幼いうちは優等生を演じ続ける。


 王立フォンバート学園を卒業したら商会の支部をひとつ任されることになるので、本番はそこからだ。

 学園では将来のコネクションづくりの場としては最適なので、ステップアップの最初の機会となるだろう。


 それがうまくいけば、この世界で恐れる物はなくなるだろう。


 好きな時に寝て、好きな時に起き、好きなだけ好きな物を食べ、可愛い女の子を何十人とはべらせて労働は優秀な部下たちに押しつける。言ってみれば、前世にあたる俺の直属の上司のような生活だった。


 パワハラ上等。

 セクハラ上等。


 逆らうヤツはみんなクビにしてやるし、それでも反抗してきたら「代わりなんていくらでもいる」と吐き捨ててやりたい。


 この世界での俺は社畜じゃない。

 逆に部下たちを社畜として馬車馬のごとく働かせてやる。

 労基のないこの世界ならばやりたい放題だ。


 俺のために汗水流して働く者たちの姿を高みから見物させてもらおうじゃないか。

 同時にハーレム要員としてたっぷり可愛がってやる。


 そしてついに――学園への入学が許される十五歳を迎えた。


 幼少期から練りに練りあげた計画を実行に移すべく、まずは有能な秘書探しに着手する。


 秘書の採用条件だが、優れた能力だけじゃなく、付け入れる弱みがあって、操りやすいヤツがいい。


 あとは美人でスタイル抜群。

 これはハーレム要員として欠かせない要素だ。

 

 うちの商会がメインで扱う武器に詳しく、戦闘力もあってそこそこコネクションもあれば申し分ない。


 こんな人材が転がっているはずがない……と、思いきや、うちの商会が誇る情報網によって条件にマッチする者を発見。


 彼女に関する情報をもらった時、俺は笑いをこらえることができなかった。


 まさかここまで理想的な秘書候補がいるなんて、と。


 その日から明日という日を迎えるまで、俺は徹底的な調査を行った。

 おかげでひとり目の社畜候補である彼女を引き込むための策はすでに仕上がっている。

 

 くくく、明日から忙しくなるぞ。

 


  ◇◇◇



 次の日の夜。


 馬車を飛ばしてたどり着いたのは王都郊外にある薄汚れた町。

 名前をボーデンという。

 

 見た目から受ける印象の通り、ここの治安は最悪。

 暴力事件、禁止薬物の乱用、人身売買……この世の悪行のすべてを押し込んで煮詰めたような町だった。


 その一角に、俺の目指す場所がある。

 円形に形作られたその巨大な建物――通称・裏闘技場。

 ここには腕っぷし自慢の訳あり闘士たちが集められ、本気の殺し合いが行われており、それを興行として見世物にしているのだ。


 一歩中へ入ると、怒号のような歓声が聞こえてきた。


「そこだ! 刺せ!」

「まだまだくたばるんじゃねぇぞ!」

「ぶっ殺せ!」

「おまえに有り金全部かけてんだぞ!」


 聞くに堪えない見苦しい声ばかりで辟易する。


 彼らは裏闘技場で戦う闘士たちに金をかけているのだ。

 勝てば倍率に合わせた配当がもらえる代わりに、負ければ銅貨一枚すら返ってこない。

 弱い闘士は観客の怒りを買ってボコボコにされるらしい。


 当然、これは違法行為だ。

 しかし、罰せられない原因は闘技場の至るところに設置された水晶玉に原因がある。


 この水晶玉は魔力によって周囲の映像を遠く離れた者に見せることが可能であり、それによって闘技場で行われている試合は一部の悪趣味な貴族たちが楽しみとして自分の屋敷の一室から観戦しているのだ。


 本来ならばかかわりを持ちたくない連中ばかりだが……こいつらもいずれは俺のいい金ヅルとなる。それを想像すると思わず顔がにやけてしまうが、それをグッと堪えて支配人のもとへと向かった。


 支配人は特別席から試合を観戦していた。


「悪いが、少しいいか?」

「なんだよ、今いいとこ――こ、ここここ、これはこれは! レークお坊ちゃまではありませんか! 今日はまたどうしてこちらに!」


 発火するんじゃないかって勢いの摩擦音が聞こえてくるくらいゴマすりをするのはここの支配人であるガーベルという初老の男。


 以前父上はこいつと仕事をしたことがあるらしく、『ヤツは基本的に腰が低く、相手をおだてることもうまいが、心根ではいつどこで人を裏切ろうか考えている小悪党だ。かかわる気でいるなら常に警戒を怠るな』と語っていた。

 

 今だってニヤニヤと媚びるような顔つきだが、その瞳はまったく笑っていない。

 俺がなぜこの場にやってきたのか、その魂胆を探ろうって腹積もりなのだろう。


 ――だが、今日については闘技場自体に用はないのだ。


「工房はどこにある?」

「工房……でございます?」

「そうだ。そこにいる職人に用がある」

「わ、分かりました。こちらへどうぞ」


 ガーベルは驚きに目を丸くしつつ、俺の願いを聞き入れて工房へと案内してくれるという。

 

 そこは闘技場の裏手にある林の中で、少しだけ開けた空間にひっそりと隠れるように存在していた。


 近づくと、工房の前に誰かが立っている。


 直後、雲の隙間から月明かりが差し込んできて、その人物の全容が明らかとなった。

 

 情報によれば、今年で十八歳。

 俺より少し年上だ。

 

 ショートカットのオレンジ髪に青い瞳もまた事前に入手した情報通り。

 ……まあ、その辺は以前王都で彼女を見かけたことがあるので確かめるまでもないが。


「あそこにいるのがお探しの人物――この闘技場で唯一の鍛冶職人であるルチーナです」

「やはりそうか……」

 

 探し求めていた女性を発見した直後、思い出されるのは王都で工房を構えていた頃の彼女の姿であった。


 あの頃の彼女――ルチーナ・ティモンズは輝いていた。


 ルチーナの家は五代続く老舗の鍛冶屋で、騎士団や魔法兵団も御用達にするほどの腕前を誇っている。

 彼女も先代たちに負けず劣らずの技術と知識を持っており、将来を有望視されていた。

 

 それが今ではどうだ。


 こんな掃きだめみたいな場所でボロボロのアトリエを構え、違法賭博に利用される闘士たちのために安い素材で武器を作っている。


 二年ほど前に王都で偶然見かけた時はまるで宝石のように青い瞳を輝かせ、町の人たちに慕われていた。


 それから彼女に関心を持ち、俺の専属秘書にしようと狙っていたのだ。


 さっきの反応を見る限り、ガーベルは気づいていないようだったが、本来ならばこんな場所で腐らせていい人材ではない。

 

 だが、今の彼女の瞳にはあの頃の輝きはない。

 すっかりやさぐれてしまっている。

 

 ――しかし、俺の気持ちは変わらない。


 工房の前には出荷を目前に控えたと思われる武器がいくつか並んでいたが……それらすべては安物の素材で作ったのは思えないほどのクオリティをしていた。


 並みの鍛冶職人であれば粗悪品になってしまいそうなものだが、どれもきちんと仕上げられている。

 

正直、こんな場所で戦っている連中が手にするにはもったいないくらいの逸品ばかりだ。

 

 俺の見立てた通り、彼女はたとえこんな場所に落ちたとしても鍛冶職人としての確かな腕は錆びついていなかった。


「……ガーベル」

「なんでございましょう」

「しばらく彼女とふたりになりたい」

「っ! かしこまりました。それでは事が終わりましたらお呼びください」


 どうやらガーベルは俺が女を求めてここへやってきたと勘違いしているようだが……それで退いてくれるのならこの際どうでもいい。


 それに、ヤツにはヤツで利用価値がある――が、まずはルチーナだ。


 野望を叶えるために、必ず彼女を手に入れてみせる。





※次は10時に投稿予定!

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