第26話 影無き殺戮者の本音


「凄い」

 固まっていたルシファーがしゃべった。

「だいたいの場所でも分ると良いんだけどー」

「私が行ってくる。その画面のまま待っていてよ」

 ティンクが消えた。

「古株の神が住んでいるエリアがあったよ。今の所から左の方」

 一秒もしないで後ろから声がする。

「はーい、そこで止めて。もう一度行ってくるね」

 一秒。

「そのままズーム。これから先は建物の中だし、どこも結界だらけであたしは入れなかったー」

「分った。しらみつぶしー」

 神が住む地域の全景から、家の中を透視する。

「それらしいのが居たら教えてください。もっと近くまでいきますから」

 

 区画ごとに暫く透視しては移動。


「あっ、仲間の神がいますわ。この地域のどこかではないでしょうか」

 さすがエポナさん、集中力凄い。

「では、この地域をさらに拡大しますね」

 十件程度にしぼって拡大してみる。

「いたー。口から火が出てる」

 殆ど寝ぼけのしずちゃんが、画面中央の人物を指さす。

「あれは火に似た息ですわね。間違いありません。セクメトですわ」

「あとは座標だな。ティンク、結界の上空はどうなっている」

 黄麒麟さんの表情がこわばってきた。

「三十mも登れば端っこです」

「もう一っ飛びして、正確な座標を調べてきてくれるか」

「はーい」

 一秒後。

「1163・7654・9532・0980でーす」

「4点?」

「この星は地球のように丸くないのでな、こうなってしまう」

 私の疑問を察したように、黄麒麟さんが教えてくれた。

 一安心したように、みんなで酒をグビグビッと飲み始めた。

 

「もう良いですか、透視と千里眼」

 疲れたので、術からの解放を切に願う。

「あっ、ごめん。終わった、終わった」

 黄麒麟さんがすまなそうにする。

「テレビ見ようよ」

 ティンクとしずちゃんがおねだりする。

「映るかなー」

 ダメ元でアンテナ線を繋いでみる。

「映ったー」

 奇跡とでも言うべきか、私の魔法力ってば凄ーい。

「やったね」

 しずちゃんが一際嬉しそうにしている。

 

「セクメントとその一派を結界で封じ込めれば、精霊界の結界は消える。がだ」

 まだ何か不安材料があるのかな。

「セクメトは伝染病を司っている。人間まで人質に取っていると思わなければなるまいな。いざとなったら、信者以外の人間を絶滅させかねない。大がかりな罠を仕掛けているかもしれんぞ」

 なんと恐ろしい女なんだ。

「黄麒麟さん、ちょっと質問いいですか」

「なんですか、なっちゃん」

「セクメントとか言う女神は、何がやりたくてこんなでたらめ始めたんですか」

「それには僕が答えるよ」

 ルシファーが代わりに答えてくれる。

「セクメントは戦いと復習の女神なんだ。とにかく何時でも何処かと戦争していたくて、人間界の王をたぶらかして代理戦争をやらせているんだ。特にこれといって目的はないんだけど、強いて一つ上げれば、世界征服だろうな」

 いかん、いかん奴だ。

「話を続けて良いかな」

 黄麒麟さんがちょっと忙しない。

「はい」

「たぶん、セクメントが罠を仕掛けているとしたら、発動条件は魔力ではない。民衆の信仰エネルギーだ。神の封印と同時に、信者も結界の中に隔離しなければならない。ふー、ここでしばし休憩を挟むか」


 黄麒麟さんは、先ほどから点けっぱなしになっているテレビが気になって仕方ないらしい。


「ルシファーよ、お前の世界でもこれを始めないか。僕はもう魔法技術の開発に着手しているよ」

「それは素晴らしい。是非とも、私共もお仲間に入れてください」


 そうだ、ルシファーに会ったら確認したい事があったんだ。

 自分のクローゼットから、東京駅で買ったチョコレートを一箱出す。

「これなんですけど、よかったらどうぞ」

 黄麒麟さんとルシファーの前に出す。

「なっちゃんー、覚えていてくれたんだね。ありがとう」

「なんですか、これは」

 ルシファーが不思議そうに眺めている。

「チョコレートですけど。ルシファーさんが最初に作ったんですよね」

「これがチョコレート? チョコレートは飲み物ですよ」

「いいから、まあ食べてみてください」

「そうだよルシファー、これ超美味いから。一口」

 黄麒麟さんに言われたら断れない。

「では」

 ルシファーが恐る恐る口に入れる。

「はっ、これは。確かにチョコレートの香はしますが、甘いですよ。苦味も辛味もない。とても薬とは思えません」

「薬?」

 私の頭のテッペンに?マークが浮かんで見えたのか、エポナさんが疑問を知識に変えてくれる。

「ルシファー様がチョコレートをお作りになった頃は、唐辛子を混ぜて飲用していましたの。お菓子ではなくて、嗜好品とか薬といった分類だったのですよ」

「へー」

「これはこれは、チョコレートも随分と変わりましたな」

「ルシファー、たまには異世界博物館で勉強しないと、時代に取り残されるぞ」

 黄麒麟さんもルシファーさんも、すっかり化石ですよ。


 翌朝早く「急いでください」エポナさんに起こされた。

 昨夜は遅くまでバカ話で盛り上がっていた。

 私はとって付き合っていられなくて、眠くなったので先に休ませてもらっていた。

 ところが、私以外のは既に精霊界に行く準備万端。

 黄麒麟さんのお城も消えてなくなっていた。


「神界に封鎖された精霊界を解放するためには、神達の拘束と信者である人間の隔離を同時に行わなければならない。これは昨日確認済みだけど、我等の様に強大な魔力を持った者が何人もで瞬間移動を繰り返せば、神界に気取られてしまう可能性がある。したがって、これから我々は魔界の視察を兼ね、馬車で移動する」

 えー、馬車ですか。

 ウエスタンですか。

 中世ですか。

 王族の結婚式ですかー。

 それよりも、ここに来た時点で巨大な魔力使っちゃっていませんか。

「来た時の瞬間移動で気づかれていないんですか」

 素朴な疑問を投げかけてみる。

「あの時は、異世界博物館のエネルギーを使っての移動だから、まったくこっちでは感知できないんだ」

「ほー、そうでしたか」

 

 エポナさんが、自分のガレージにあった馬車を提供してくれた。

 幌馬車みたいなのをイメージしていたけど、実際は金銀の飾りが施されていて、大型バスなみに大きい。

 内装や設備もゆったり充実しているし、実に快適なものだ。

 エポナさんの分身が、馬車を引く馬になっての六頭立て。

 どこからこんな物を持って来た。

 気になるところだ。

「エポナさーん」

「何処から持って来たかですか。私がまだ神界で女神をやっていたころに、信者の方々が資金を出し合って作ってくれましたの。それから大事に使っています」

 たしか、メイドの仕事は既に800年以上だから‥‥。

「物持ちがいいんですね」

「ええ、毎日のお手入れは欠かしませんわ」

 皆さん、いったい何時寝てるんですか。


 出発して半日ばかりたった所で、昼食の場所を捜しに出ていたティンクが帰って来た。

「ねーねーねー、この先に森が有るよー。入口に盗賊団がうろついてるけど、どうするー。私だけで殺しちゃっていいー」

 影無き殺戮者の本音が出てきたか。

「魔界の盗賊団って、楽しそう。ねえルシファー、どんな奴等なの」

 腐った魚の目で居眠りをしていたしずちゃんの目に、冒険の光が戻った。

「追われ者の魔獣集団です。捕まれば即斬首の連中が、国境付近で盗賊団になっているんですよ。あの辺りには緑が残っていて、食料も獲れるのですが、盗賊団の抵抗が強くて討伐できずに困っています」

「それならさー、僕達が討ち果たしても問題ないんじゃねー」

 黄麒麟さんまで乗り気だ。

「ええ、死体の処理は僕がやりましょう」

「では、くじ引きで決めようかな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る